『オレンジ・ランプ』貫地谷しほりさんインタビュー
映画『オレンジ・ランプ』は39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんの実話の映画化。発病してから家族と共に認知症と向き合う日々が描かれています。
そんな主人公の妻・真央を演じるのが貫地谷しほりさん。認知症と向き合う夫を支える妻役をさまざまな思いを抱えながら演じられたそうです。そのお話から伺いました。
――『オレンジ・ランプ』は若年性認知症をテーマにしていますが、この依頼を引き受けた理由は? どういうところに惹かれましたか?
貫地谷しほりさん(以下、貫地谷さん):私の世代だと、若年性認知症の映画といえば韓国映画『私の頭の中の消しゴム』が印象深いのですが、あの映画はとても悲しく切ないラブストーリーでした。そういう感じの作品かなと思いながら『オレンジ・ランプ』の脚本を読んだら、とても明るく前向きな物語で。「こういう前向きなメッセージを伝えることができるのならば出たい」と思い、出演を決めました。
実は私の祖母が認知症で母が介護をしており、その姿を見ているので、少しでも楽な気持ちになれたらと。“周りの人に頼っていいんだよ”というメッセージも含めて、この映画に出演することで力になりたいと思いました。
――確かにこの映画は力になります。認知症の概念を変えるというか、とても安心させてくれる作品だと思いました。介護についてリアルな体験がある貫地谷さんはこの映画出演を経て、介護に関する意識の変化はありましたか?
貫地谷さん:介護をしている人は、本当に大変だし、辛いことも多いと思いますが、私が演じた真央さんは何があってもポジティブなんです。
その気持ちに至るまで、葛藤や不安があったと思いますが、真央さんはあれこれ世話をするのではなく、認知症の夫に「できることは自分でやらせる」という決断をします。その決断は並大抵の勇気じゃないと思う。寄り添う側の心構えを教えられました。
――女性はあれこれ世話を焼いちゃいそうですよね。映画でも真央さんは旦那さんが認知症になって最初の頃、「認知症にいい食べ物」とか、調べていました。
貫地谷さん:夫が認知症になったという現実を受け入れるまで大変だったと思います。
私の母も、祖母が自分の知っている人でなくなっていくことが受け入れ難かったのではないかと。私は「どんな風になっても、おばあちゃんはおばあちゃんだよ」と思っていたけど、より近い存在の母には「こういう人じゃなかった」とかいろんな思いがあるはず。
一生懸命向き合うほどに、その思いは強くなっていくのかもしれません。
主人公のモデルになった方が映画を見て号泣!
――主人公は、カーディーラーのトップ営業マンとして活躍していたのに、職場でも認知症の症状が現れますね。そこから認知症と付き合いながら職場でできることをこなしていく。その姿は逞しいほどでした。
貫地谷さん:私も最初に脚本を読んだとき「こんなことあるのだろうか」と思いました。うまくいき過ぎるんじゃないかと。
でも試写の時、主人公のモデルになった丹野さんがいらして、映画を見終わった後、「自分の経験がそのまま映画になった」と泣いていたんです。
その姿を見て「何もかも本当なんだ」と思いましたし、同時に、丹野さんの涙が私の自信にもなりました。自分が演じた真央さんがやってきたことに確信が持てたからです。
「こうあるべき」という考えは捨てる!
――貫地谷さんが真央さんの立場だったら?
貫地谷さん:私だったら、すごく気持ちが落ちてしまうかもしれません。場合によっては、相手に強くあたってしまいそうです。でも真央さんは違うんです。声を荒げたり絶対にしない。本当に素晴らしいと思いました。
――この映画に出演して得た経験や、認知症に関する知識が、今後、自分の人生に生かせると思いましたか?あるとしたらどういうところでしょうか?
貫地谷さん:私は若い頃から、物事を決めつけるところがあるんです。
10〜20代前半の頃は「人前に出るお仕事なんだから、絶対にハメを外さないようにしなければ」と決めつけていましたが、いま振り返ると、もうちょっとヤンチャしても良かったかもしれません(笑)。
この映画の脚本を読んだときもそうです。認知症について自分で決めつけていたから、「こんなハッピーなことあるかしら」と実話なのに疑ってしまったんです。
でも真央さんを演じて“人にはいろいろな選択肢がある”ということに気付かされました。頭でっかちにならず、相手にとって心地よいこと、自分にとっても心地よいことが大切。「こうあるべき」という考えはなるべく捨てて行かなければと思いました。
家事が苦手な夫婦です
――貫地谷さんのライフスタイルについてもお伺いします。今、ご主人とふたり暮らしだそうですが、仕事と家庭生活のバランスはどう調整されているのでしょうか? ご夫婦で役割分担をするなど、決め事はありますか?
貫地谷さん:夫は「家にいて欲しい」とも「仕事バリバリやってほしい」とも言わず、「君のやりたいようにやってください」というタイプなので、特に決め事はないですね。
私は家事が苦手なのですが、夫も苦手。「私よりも苦手な人がいた!」と思ったくらいです(笑)。それが逆に良かったです。
散らかっていても何も言わないので、自分のペースで楽にやっています。ときどき、仕事が忙しくて手が回らないとき「たまには洗濯機くらい回してよ〜」とお願いするとやってくれますし、お互いに助け合いながら生活しています。
――ご主人は芸能界とは無縁のお仕事をされていて、生活のサイクルとか違いますよね。すれ違いなどないですか?
貫地谷さん:夫の休みは暦通りなので、土日祭日、ゴールデンウィーク、年末年始などは夫に合わせて、私も仕事を入れないようにしています。
食べすぎちゃう日々とサヨナラしたい
――女優さんのお仕事は意外と体力勝負ですよね。健康管理はどうされていますか?食生活など。
貫地谷さん:とにかく「食べ過ぎないこと」を心がけています。私も夫も食べることが大好きなので、そうやって意識していないと、ついつい食べすぎちゃうんです。
先日、久しぶりに夫と旅行へ行ったのですが、やはり旅先の食事ってその地でしか味わえないものも多いので食べすぎちゃいますよね。
そこをグッと我慢しました。ホテルの朝食のビュッフェもこれまでだったらお腹いっぱいになるまで食べていたけど、この間はアボガドトーストとカプチーノ1杯だけ。朝ごはんをひかえめにしたので、お昼にいい具合にお腹が空きましたが昼食も控えめにして、夜は土地の名産など、素材を活かした料理をいただきました。そしたらすごく体調が良くて!
でも、東京に帰ってきたらまた食生活が元に戻って食べちゃってます……(笑)。私も夫も外食すると、いろいろ頼みすぎてしまうんです。
美容は健康から生まれる
――美容についてはいかがですか?
貫地谷さん:私は年々、美容は健康な体から生まれてくると思うようになりました。不規則な食事が肌荒れを生んだりすると思いますし、女性だったらホルモンバランスも悩みの種ですね。でもスキンケアにこだわるというより、体の調子を整えていけば、自然と肌も潤ってくるかなと思っています。
――健康が一番大事ですね。
貫地谷さん:撮影の合間に共演者の方たちとお話するときも、美容の情報交換よりも「どこの人間ドッグはいい」とか、完全に健康寄りの会話です(笑)。この間も人間ドッグに行きました。自分の体の状態はちゃんと知っておきたいので、結婚してから毎年行っています。
――では最後に映画『オレンジ・ランプ』の注目してほしいポイントについて、貫地谷さんに語っていただきたいです。
貫地谷さん:転ばぬ先の杖じゃないですけど、何事も“知っている”ことは強くて、知識があると、次に出る1歩が全然違うと思うんです。本当に何が起こるかわからない世の中ですし、認知症に対する不安を持っている方は多いと思います。そういう方にこそ見てほしい。
この映画が、皆さんのお役に立てればいいなと思います。お仕事や家事育児で大変だと思いますが、ほっこりする映画なので、ぜひ劇場で見ていただきたいです。
貫地谷しほり(かんじや・しほり)プロフィール
1985年12月12日生まれ。東京都出身。2002年に映画デビューし、2004年『スウィングガールズ』で注目を集める。以降、映画、ドラマ、舞台で活躍。
NHK連続テレビ小説『ちりとてちん』(2007)、映画『くちづけ』(2013/第56 回ブルーリボン賞最優秀主演女優賞受賞)。近作は、『総理の夫』(2021)『サバカン SABAKAN』(2022)ドラマ『大奥』(2021/NHK)など。
『オレンジ・ランプ』
(2023年6月30日より全国ロードショー)
39歳の只野晃一(和田正人)は、カーディーラーのトップ営業マン。妻の真央(貫地谷しほり)と二人の娘と共に幸せな日々を送っていました。
ある日、顧客の名前や約束を忘れるなど異変が訪れ、受診をしたところ「若年性アルツハイマー型認知症」と診断されます。晃一は絶望的な気持ちに。
しかし、認知症本人ミーティングに出席したことを機に、晃一は認知症でもできることを中心に生活していこうと決意。すると、仕事復帰も可能になり、真央も世話を焼くのではなく、見守る形で支えていくことに……。
原作:山国秀幸「オレンジ・ランプ」(幻冬舎文庫) 監督:三原光尋 配給:ギャガ
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
公式HP:「オレンジ・ランプ」
撮影・取材・文/斎藤 香
ヘアメイク:ICHIKI KITA(Permanent)
スタイリスト:mick(Koahole)
衣装クレジット:ジャケット、ベスト/suzuki takayuki
パンツ/MEYAME(ソークロニクル)
ピアス/AMOR