懐かしい雰囲気の中で川魚料理を味わう
秋になると、不思議と心も体も「何か美味しいものを食べたい」という気分に包まれます。いわゆる“食欲の秋”というやつです。今年の私の小さなブームは、利根川水系を巡りながら、川魚を扱うお店を訪ね歩くこと。
千葉県出身の私には川魚料理はとても身近なもの。千葉には、歴史ある町並みや食文化が数多く残っています。そして、野田や流山、柏、佐原などの町は江戸時代から醤油の町として栄えてきた歴史を持っています。醤油づくりに適した水の恵みがあった土地は、同時に豊かな川魚文化を育んできました。ドジョウ、鰻、川海老、鯉のあらいなど、今でこそ特別感のある料理も、昔は庶民の食卓を彩る日常の味だったといいます。
お店に入ると、たいていはどこか懐かしい雰囲気が漂っていて、肩の力を抜いて食事ができるのも魅力のひとつ。鰻はもちろん、鯉のあらいのプリッとした歯ごたえや、川海老の素揚げの香ばしさ。お皿の上には、川と共に暮らしてきた人々の知恵や工夫が息づいていると感じます。
「食」を通して自分のルーツや思い出にふける秋
特に私にとって感慨深いのは、母の故郷である佐倉市の印旛沼の思い出です。子どもの頃、母から「昔の印旛沼は川魚料理の名店がたくさんあったのよ」とよく聞かされました。ドジョウ鍋に舌鼓を打つ人々、うなぎ屋に並ぶ活気ある光景――直接は知らないはずなのに、母の語る姿を通して、その賑わいが目に浮かぶようでした。今は店の数も少なくなりましたが、母の言葉を思い出しながら川魚をいただくと、不思議と懐かしい気持ちに包まれます。まるでタイムスリップして、母や祖母が生きていた頃の風景に触れているような感覚です。
食べ歩きのもう一つの楽しみは、町歩きそのものです。
佐原の小江戸のような街並みや、利根川沿いに広がる風景は、どこかゆったりとした時間を感じさせてくれます。普段の生活では車移動が多い私ですが、こうした場所に来ると、自然と歩く歩幅もゆっくりになり、道端の草花や古い建物の佇まいに目が向くようになります。食べることと同じくらい、“その土地を感じる”ことが、この小旅行の醍醐味なのかもしれません。
秋風に吹かれながら川魚を味わうと、「ああ、やっぱり日本人の味覚って川や田んぼと深く結びついているんだな」としみじみ思います。華やかさでは海の魚に譲るかもしれませんが、川魚にはどこか素朴で、郷愁を誘う力があります。食べることを通じて、自分のルーツや家族の記憶に触れられるのも、川魚ならではの魅力でしょう。
そんなわけで、この秋は利根川水系を中心に、もう少し足を延ばしてみようと計画しています。
行く先々で出会う料理と、その背景にある物語を味わいながら、小さな旅を重ねていきたいと思います。きっとその度に、「あの町にはこんな味があったんだ」と新しい発見があり、また一つ自分の中の“食の地図”が広がっていくのでしょう。
食欲の秋――。
人それぞれ楽しみ方は違いますが、私にとっては川魚を巡る小さな旅が、心もお腹も満たしてくれる最高の時間になっています。