「アメリカ人はバカだから、サンクスギビングの前日や当日に七面鳥(ターキー)を買おうとするのよ。スーパーに行ってごらん!」
そう教えてくれたのは、最初に渡米したときに通った英語学校の先生、カイルだ。映画などでのイメージ通り、陽気なアメリカ人が多い西海岸には珍しい皮肉屋で、英語学校に通う外国人の生徒たちに向かって「アメリカでは車の運転はスキルでもなんでもないの。道は広いし、標識はわかりやすいし、ほとんどオートマ車でアクセル踏むだけだし。バカでもアホでも運転くらいできる。だから走ってる車も信用しちゃだめよ! 何するかわからないんだから」などとニコリともせずに言う。90年代当時でもすでに相当に時代遅れだった70年代風の大きな襟の柄シャツを着て、中央にアイロンの折り線がびしーっと入ったベルボトムジーンズをはき、大きな丸メガネをかけたなかなかの変わり者の彼女のことだから、またどうせ大袈裟に盛ってるのだろうと話半分に聞いていた。が、次の言葉は気になった。
「売ってる七面鳥はぜんぶ冷凍なんだけど、5キロも7キロもある肉の塊だから、解凍に3日はかかるの。だから前日や当日に買ったって溶けるわけないじゃない。でもバカだからギリギリになってから買いたがるのよ。一羽丸ごとを!」
それは見逃せない。スーパーが大好きだったわたしは、サンクスギビングデーの前日に張り切って見に行った。アメリカのサンクスギビング準備にも興味があったからだ。
そこには、いつもは見かけない冷凍ケースが増設され、カチコチに凍った七面鳥が山積みになっていた。どれも重さは確かに5キロ以上あり、その表面に貼られた説明書きには「冷蔵庫に移して3日かけて解凍すること」と書いてあった。そして、本当にいた。カチコチに凍った七面鳥をカートに入れている親子連れが、何組も。
クリスマスチキンを丸ごと焼くのは無理だしな、じゃあ骨付きの鶏モモ肉を買うか、などと選ぶことができる日本のスーパーと違い、アメリカのスーパーでは七面鳥と言ったらカチコチに凍った一羽丸ごとしか売っていなかった。少なくとも30年近く前には。だから解凍する時間がなかろうと、一羽丸ごとで買うしかチョイスはない。でも食べる前日に凍った七面鳥を買うということは、日本で言うなら、おせち料理の黒豆を、大晦日に乾燥豆の状態で買うようなものだ。
実際に七面鳥を買っている様子を見たそのときには、カイルが言う通り「解凍も間に合わないのに、いま買ってどうするんだろう。バカだなあ」と思っていた。前日で間に合わないとわかっていても買わなくちゃいけなかった彼らの事情がわかるようになったのは、お正月をどうすればよいのか、と実際に自分が頭を悩ませるようになってからだ。
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