心のうちが空っぽの大人にならないために
小幡和輝さん(以下小幡):花まる学習会の代表である高濱さんですが、まず、なぜこの仕事を始められたのか教えてください。
高濱正伸さん(以下高濱):私は大学は3浪4留して、音楽、映画、芝居、落語などいろいろと経験し、31歳でやっと大学を卒業したんですが、その中で、自分は子どもが大好きで、子どもに関わる仕事なら一生続けられるだろうと気づきました。そこで4〜5歳から大学院生まで教えられるように実力をつけるため、予備校や塾で下積みをしました。
そして、30数年前に、引きこもりの問題を目にしたときに「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、子どもに関する社会的課題は幼児期に決まってるんじゃないかと考え、「メシが食える大人に育てる」と言う理念で「花まる学習会」を始めました。
いろんな意味で同調圧力が強い日本では、ランキング・偏差値・ブランドとか、受験から就活まで、人目や比較など外枠の価値を押し付けられる傾向があります。そういう中でたとえ学歴・年収など数値化できるものを手に入れたとしても、心のうちが空っぽという大人が多いのではないかと思います。
勉強も大事だけれど、人間には計り知れない心の部分が間違いなく存在していて、その心の中心が満たされないと……心が安心してほくほくしている感じがとても大事です。
たとえば相手がニコニコしていたら、こういうことをすると嬉しいんだな、と推測する。人の心に焦点を当てて生きていかれる人になればといいよね、と思うんです。花まる学習会では、そういうところから学習を設計しています。思考力から入り、野外体験による非認知能力、感性、かたや基盤となる学習も集中して行います。
学力は自立の手段。本質を見失わないでほしい
小幡:僕は「メシが食える大人に育てる」という花まる学習会の教育理念もすごく好きなんです。それって本質ですよね。大人として自立していくために、学力を上げるのはあくまで手段のはずなんだけど、多くの学校や学習塾は、学力を上げる、いい大学へ行くというところが目的になってしまっていると感じます。
高濱:大学のランキングも間違いではないんですけどね。学力をランキングなど数値化できる枠組みだけで評価している大人が圧倒的に多いから、商品として一番売れるわけですよね。なんだかんだいっても、親になったら〇〇中学合格の数だけで選ぼうとしてしまいます。私も進学塾部門については合格数を出さないと成立しない面もあります。
学習塾業界の競争では、もともとできる子を取っている塾が勝ちなんですよ。そうして合格率などの数字が出ると、またお客さんが集まる。それは、合格するためのノウハウではあるんだけど……。
ただ合格すればいいのか、その受験を通して何をしようと思っているのか、親は本質を見失わないでほしいなと思います。
小幡:単に収入が高くなることが人生のゴールじゃないと思うので……。教育って、成績以外の人間性や集中力や、自分らしい仕事を選べるかといった点で評価をするのがすごく難しいですよね。
高濱:特に非認知能力は数値で表すことはできませんからね。でも、入試を全否定しちゃいけなくて、厳しいからこそ培える力ももちろんあるんです。優しいだけでも生きていかれない。実力や強い心、生きていくにはいろんなものが必要だから。そこは総合的に見ないといけないんですけどね。
子どもの学習にはオンラインだけでない、心のつながりが必要
小幡:2020年はオンラインの可能性を非常に感じた1年でした。同時に課題があるとすれば、自分のペースやモチベーションで進めなければならないところです。学校で先生やクラスメイトがいて、ある程度の強制力がある方がうまくいく子もいる。リアルとオンラインの選択肢が広がることはいいんだけど、全員がオンラインになると問題はあるのかなと感じました。
高濱:知識を教えるのは、オンラインの動画配信で対応できるとわかったし、オンライン学習の方が向いている子もいますよね。
ただ、人間の真の部分は温もりを求めています。子どもにとって友だちと過ごす空気はとても大事です。雑談やホームルームみたいな時間は絶対に必要で、そこが欠落すると心がカラカラになってしまう。オンライン学習は、顔を見てコミュニケーションする面も合わせた両輪にする必要があると感じます。
小幡:大人もそうですよね。出社しなくなって、他の人との雑談がなくなると、たわいもない会話が大事だったな、と。
高濱:うん、やっぱり人は情報処理だけで生きていないですよね。共感や心のつながりが大事です。心と心に焦点を当てて議論する必要があると思いますね。
学びの選択肢が広がる今、親は子どもに何ができるか
小幡:緊急事態宣言が発令されてから、学校の対応に地域差がありました。あのような場合、親は子どもに何ができるでしょうか。
高濱:オンライン学習に対応できない学校はたくさんありましたよね。オンライン学習の環境が整うのが2024年ですと言われても、その間も子どもは成長します。でも、国がいたらないのも、そういう政治家を選んでいる私たち親の責任です。我が子については、学校が対応できないなら親がある程度責任を持って、民間教育や親同士のつながりで補強していくしかないでしょう。
小幡:僕は、みんな学校に期待しすぎだと思っているんです。学校に行っておけば大丈夫、学校が子どもの教育をなんとかしてくれる、と思うのは間違いだと。学校は1つの学びの土台であり、セーフティネットに過ぎない。学校ではできないものがたくさんあるのに、そこに目を向けていなかったなと思っています。
高濱:学校以外の学びの場についてみんな考えてこなかったですよね。しつけも部活も食事も学校がやってくれるし、みんな行っているから安心だった。だけど小幡くんが言うように、学校そのものの仕組みは土台で、最低限を保障する場。あとは、子どもたちの居場所として、あれだけの規模の場があるのは大事です。そこがハッピーであればベストですよね。
これからの子どもの学びに必要なこととは?
小幡:そうですね。僕はいい意味で学校の重要性がちょっと下がったらいいなと思っています。これまでは学校しか選べなかったかもしれないけれど、学校が全てではなくて、学びの1つの選択肢だと。いろんなものが選択できたらいいなと思います。
では最後に、高濱先生は、これからの子どもたちの学びにどんなことが必要だと思いますか?
高濱:知力・心・体はどれも強くすることが大事です。
知力のことを言うと、日本の中学生までの教科書の内容は、世界で生きていくための教養として、自分なりの形で学んでおいた方がいいと思います。外国人と雑談や議論をするときに、この教養を身に付けておくことは大事です。
もう1つは、子どもがワクワクして熱中することを大事にしてほしいということ。
人目や比較や評価基準で方向性を決めてしまうと、ハートを失っていきます。進学、大学、就職となったとき、やりたいことってなんだったのかな、とわからなくなってしまう。自分のハートを見ていない人生はつらくなってしまいますよね。
そして、自分のハートは自分で強くしないといけない。世の中、優しい人ばかりじゃないし、どの分野に行っても競争って確実にある。そういう中で折れない心を育むことが大事です。
では、子どもの心を強くするにはどうすればいいのか。
フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーが『エミール』という本の中で「転ばぬ先のつえを出すことは、優しさではなく、子どもの自立を考えたら最も残忍なこと」と言っているように、親心はちょっとした落とし穴でもあるんです。
親は、つい子どもが失敗しないように、転ばぬ先のつえを出してしまいがちですが、子どもが失敗したり、友だちとけんかしたり、つらい目にあったりしている時は、内面的にはすごく成長している時期。そうやってケガをしながら学び、自分なりの苦い体験と乗り越え体験を繰り返して、子どもの心は強くなっていきます。
そういう時、友だちとのつながりや、自分なりの居場所があると、乗り越える支えにもなります。
私たちが子どもに望むのは心の自立ですよね。だとしたら、強い心という大きいテーマに向けて、長期的に見てほしい。子どもが今悩んでいるなら、それは成長しているんだな、と思って手を出さずに見守ってほしいと思います。
高濱正伸さん、小幡和輝さん プロフィール
高濱正伸(たかはままさのぶ)さん
1959年熊本県人吉市生まれ。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。1993年「花まる学習会」を設立、会員数は23年目で20,000人を超す。ニュース共有サービス「NewsPicks」のプロピッカー/日本棋院理事/算数オリンピック作問委員/「情熱大陸」などTV出演多数。
小幡和輝(おばたかずき)さん
1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験。当時は1日のほとんどをゲームに費やし、トータルのプレイ時間は30000時間を超える。その後、高校3年で起業。SNSのプロモーション企画やイベント事業などを行う。ダボス会議を運営する世界経済フォーラムより、世界の若手リーダー『GlobalShapers』に選出。2019年10月より、日本初、ゲームのオンライン家庭教師『ゲムトレ』を立ち上げる。
取材協力・キャプチャー写真/オンライントークイベント「これからの時代を生きる子どもたちに学んでほしいこと」より
小幡和輝オフィシャルYouTubeサイトにてアーカイブが公開されておりますので、ぜひご覧ください。