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「料理をやってて本当によかったなと思う」平野レミさんが伝えたい“料理の持つすごい力”とは

カルチャー

 平野レミさんが伝えたい“料理の持つすごい力”

2021.06.09

平野レミさんの魅力がたっぷり詰まった最新エッセイ集『家族の味』が発売中です。「キッチンから幸せ発信!」がモットーだというとおり、レミさんのレシピにはすぐに作ってみたくなるようなワクワクが溢れています。家族を愛し、「今」を全力で生きるレミさんは、私たちsaita世代のお手本にしたい人。そんなレミさんのパワーの源は?

お話を伺った人:平野レミさん

平野レミさん

平野レミ(ひらの・れみ)
料理愛好家、シャンソン歌手。主婦として料理を作り続けた経験を生かし、NHK「平野レミの早わざレシピ」などテレビ、雑誌を通じて数々のアイデア料理を発信。『野菜の恩返し』(主婦の友社)、『家族の味』(ポプラ社)など著書多数。Twitter(@Remi_Hirano)でも活躍中。

今でも戻りたい、最高に楽しかった子ども時代

――レミさんの子ども時代について教えてください。

野山に囲まれたところに住んでたから、自然の中の何もかもが遊び道具でした。いろんな発見があって、のびのび楽しんだ子ども時代でしたね。学校から帰ると、ランドセルを玄関にほっぽり投げて、近所の男の子と野原を駆け回って、毎日夕方まで遊んでたの。夏休みになったら1日中プールに入ってるから、夕方家に帰ると手がシワシワになっててね。とにかく体力のある子どもでしたよ。

家の近くの山には、麦の穂なんかがたくさん積み重なってベッドみたいになってる秘密の場所があるんです。耳の近くで虫の音がするだけで、あとは何の音もしない。シーンとして静かなの。私はよくそこで寝てました。草のいい匂いもしてとっても気持ちがいいのよ。そのまま寝ちゃって気づいたら夕方だったなんてことがよくありました。

――レミさんの感性の原点は、子ども時代の自然の中で育まれたんですね! 元気いっぱいに遊んでいた様子が目に浮かびますが、勉強はお好きでしたか?

勉強は嫌い。学校も嫌いでした。これは東京に引っ越してからの話になるけど、特に、高校は嫌いね。進学校だったから、先生は東大を目指せというし、クラスメイトは昼休みも勉強してる。ずっとピリピリした雰囲気なの。だからそのうち、建物の形や学校がある方角すら嫌いになっちゃった。それでも、ちゃんと大きくなって、自由に楽しく生きられるんだから、勉強なんてできなくても全然大丈夫ね!

――勉強が嫌いなレミさんをご両親は心配しませんでしたか?

うちの両親は、「勉強しなさい」とぜんぜん言わなかったんです。自分の好きなことを好きなようにすればいいと、いつも見守ってくれました。ほんとに優しい両親でほとんど怒られたこともないんだけど、いじわるするのはダメだと、それだけは言われて育ちました。

一度でいいから生のバンドで歌ってみたい。その思いがプロのシャンソン歌手に

――レミさんは、料理愛好家としてのイメージが強いですが、実はシャンソン歌手という一面もお持ちです。レミさんがシャンソン歌手を目指したきっかけはなんだったのですか?

子どもの頃、うちの父のところには外国人のお客さんがよく訪ねてきて、いつもいろいろなシャンソンのレコードが流れていたんです。それを聞いてるうちにシャンソンが好きになりましたね。毎日、庭でシャンソンを大きな声で歌っていたら、それを聞いていた両親が私にプロの先生をつけて、本格的に習わせてくれました。好きなことはとことんしなさいって言ってね。

シャンソンを教えてくれた先生は「絶対、プロになっちゃいけませんよ」って私に言うの。「どうしてプロになっちゃいけないんですか?」って聞いたら、「プロっていうのはお金を取る商売で、お金っていうのはとても汚らわしいものなんです。だからそういう心持ちでいてはいけませんよ」って。でもね、そういう先生は私から月謝をいっぱい取ってたのよ(笑)。

――先生……(笑)。先生が反対していたのに、プロのシャンソン歌手になったのはどういう経緯だったんですか?

一度でいいから生のバンドで歌ってみたいなと思っていたんです。だから銀座7丁目にあった日航ミュージックサロンのオーディションを受けたら合格しちゃったの。それで先生のところを辞めて、銀巴里(ぎんぱり)っていう、美輪明宏さんも歌っていたシャンソン喫茶でも歌うようになりました。そこから私の楽しいシャンソン生活のはじまりよ。

でも、そのうち料理の仕事をするようになって、そっちがだんだん忙しくなってね。はじめは両立してやってたけど、少しずつ歌の仕事を減らすようになりました。歌うことは大好きなんだけど、ステージに立つには、化粧して、ドレスを着て、髪もセットしなくちゃいけなくて、すごく大変なのね。料理するのはエプロン姿でいいから、そっちのほうが私に合ってたみたい。

――シャンソン歌手と料理愛好家というお仕事は、それぞれレミさんにとってどんなお仕事ですか?

シャンソンを歌って、お客さんがワーッて拍手してくれるとすごく嬉しいの。それと同じくらいに料理を作って、みんなに「おいしい」って言ってもらえるとやっぱり嬉しい。どちらの仕事も私にとっては幸せな仕事ね。

1+1+1が、100にも1000にもなる料理の世界

二人の小さい子どもを育てながら、料理の仕事と歌手の仕事をやるっていうのはなかなか大変でしたよ。でも料理だけはわが家の味を食べさせたいと思っていたから、忙しくてもできるだけ自分で作りました。できあいのものに助けてもらうときでも、作り置きしてある特製のダシをつかって温めなおせば、わが家の味になる。こんなふうに、少しだけでも手を加えるように努めました。とにかく子どもにわが家の味を覚えてもらいたいたかったの。

母親ががんばって料理して、子どもがちっちゃいときからわが家の味に親しむようになればしめたもの。家族でベロの感覚、つまり味覚が一緒だと、みんなでごはんを食べるとき楽しいでしょ。これを私は「ベロシップ」って呼んでます。「スキンシップ」じゃなくて「ベロシップ」。「ベロシップ」で家族の絆が強くなるの。

――“ベロシップ”って、いい言葉! 料理が持つ力はすごいですね。

料理のすごいところはそれだけじゃないの。算数なら1+1+1は3だけど、料理の世界では1+1+1が3じゃなくて100にも1000にもなっちゃうのよ。トマトとかタマネギは煮込んでるとおいしい旨味がどんどん出てくる。いろんな種類の野菜をいれて煮込んだり炒めたりすれば、それだけ奥深い味になってとってもおいしい。おいしいものを作ろうという気持ちも旨味になるし。

それに料理は五感で楽しめるのよ。たとえば、絵は目で楽しむ。音楽は耳で楽しむでしょ。でも料理は、鼻からいいにおいを感じて、耳からジュージューといい音が聞こえて、目で見ておいしそうで……。香りも音も色も、五感ぜんぶで感じられるごちそうなのよ。そういうのって料理だけじゃないかしら。だから私、料理をやってて本当によかったなと思うの。こんなに楽しいものはないですよ。

あぜ道をいく人生のほうが楽しい

平野レミさん

――こうしてお話を聞いていると、本当にレミさんは自然体で素敵だなあと思います。
そのベースになったものはなんですか?


やっぱり、好きなものを徹底的にやれと言ってくれた両親のメッセージがベースにあるんでしょうね。結婚してからも、「好きなことをやったほうがいいよ」と言ってくれた和田さんの力も大きい。和田さんは、私の料理への情熱を見つけて、どんどんやれって背中を押してくれました。

好きなことをやっているときは、努力が全然苦しくない。楽しいからやる気もアイデアもどんどん出る。解決するのが難しそうな課題だって、好きなことだったらそれさえも楽しい。好きなことが見つけられたら、人生は最高に楽しめるんだと思うのよ。

――好きなことをとことんやるのが、人生。それが幸せってことなんでしょうか。

どんな人生を幸せと思うかは、人それぞれよ。ヨーイドンと出発して、高速道路みたいにまっすぐな道を全速力で走り抜ける人生もあるだろうし、あぜ道を田んぼに落ちたり池に落ちたり、蜂に刺されたりしながらゆっくりゆっくり進む人生もあるでしょ。私はあぜ道をいく人生のほうを楽しめる人かな。いろんな経験や出会いが思わぬところでつながって、私になっていくんだと思います。高校は中退しちゃったり、シャンソン歌手から料理愛好家になったり、けっしてまっすぐに進んできたわけではないけれど、すごく楽しいわ。

人生100年時代、40代はまだまだこれから!

――saitaの読者は40歳前後の方が多いのですが、40歳前後って人生について立ち止まって色々と考える時期なんじゃないかと思います。「これからどうしようかな」と思っている読者に向けて、レミさんからメッセージをお願いします。

40歳なんてまだまだこれからですよ! 最近は人生100歳までって言うじゃない。これから結婚する人だっていますよね。何歳になったって、人はやっぱり、笑って楽しく生きていたほうがいいわね。人間、諦めた瞬間から老けはじめちゃうから。40代なんて一番元気なときよ! 笑って、笑って! やりたいことを精一杯頑張ってほしいと思います!
 

本
『家族の味』
著:平野 レミ
絵:和田 誠


テレビで料理を作っているレミさんの姿を見て、すっかりファンになってしまった筆者。実際にレミさんにお話を聞かせていただいたことで、平野レミさんが誰からも愛される理由がわかりました。どんなときも、自分の人生を幸せにするために全力なレミさんの生き方から、幸せに生きるヒントをたくさんもらえました。

著者

上原かほり

上原かほり

フリーライター歴10年。読んだ人の心にふわっとした空気が流れるような記事や情報をお届けできるよう心がけています。

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