困らないから、やらない
- パートナーが家事をしないのはなぜでしょう?
- 子どもが宿題をしないのは、なぜでしょう?
- あなたが面倒くさい家事や勉強を先延ばししてしまうのは、なぜでしょう?
この答えはわりとシンプルです。 それは「困らないから」。
「え、家事してくれないと困るんだけど!」
……たしかに。
でも、きっと脱ぎ散らかしていても、あなたが片付けてあげたりしていませんか? または「ちゃんとしまってよ」と言ったときに「べつに困らないから」と言われたことはありませんか?
一方で、受験やテスト間近になった子どもは「勉強しなさい」なんて言われなくても(多くの場合)必死に勉強をします。それは、受験で落ちたり、テストで悪い点を取ったりしたら自分が「困る」からです。
仕事でもそうですよね。〆切がある仕事はなんとか終わらせますが、〆切が先だったり、曖昧な仕事は先延ばししてしまいがちです。
先日の記事でも書いたように人は「失敗をする」から、「どうにかしなくちゃ」と思うようになります。 ですが、家事を全部やってあげていたり、宿題を忘れないようにと毎回リマインドをしてあげたりしていれば、相手は自分の課題をあなたに肩代わりしてもらっているのと同じなのです。
こうしたことを、アドラー心理学では「他者の課題への介入」と呼びます。そして、この「課題の分離」ができていないことで自分自身が相手の課題まで抱え込んでしまって、どんどんつらくなってしまうと言います。
家族にもっと主体性を持ってほしいと思うなら、口酸っぱく「やって」というのはむしろ逆効果。 それよりも、静かに放置し、相手が本当に困る体験をさせてあげることが必要なのです。
「部屋がきたなくても、全然困ってません!」
ところが「やってなくても、ちっとも困りません」というケースもあります。
「散らかってても、気になんない」とか「毎日ハンバーガーでも全然平気」とか「宿題やらなくても平気」とか。
そういう場合はどうしたらいいでしょうか?
その場合2つのアプローチが考えられます。
ひとつは「相手の領域については、口を出さない」。 もうひとつが「共通の課題については、合意の上ルールを決める」。
わが家で言えば、妻は片付けが得意ではありません。散らかってても気にならないし、むしろ手元に全部ある方が便利でいい、とさえ思っています。 その妻に「全部キレイに片付けて」というのは「無理」です。
そのため、うちはあらゆる収納を「人別」+「家族共有」に分けています。そして、妻のクローゼットや収納について、ぼくは一切口を出しません。 中がどれだけぐちゃぐちゃだろうと、「はみ出てなければOK」というルールを作っています。
また、収納には「家族共有の収納」があります。たとえば食器棚などがそうですね。 これは「家族みんなが使う場所なので、ルールを決めてそのとおりにしまおう」としてあります。
さて、この家族共有の収納がまさにそうなのですが、ふたつめの「共通の課題は合意の上ルールを決める」も大切です。 家は家族で一緒に住んでいる場所のため、良いも悪いも、全部誰かの言う通りにする、というのは苦しいものです。
家事シェアが失敗するケースとしては「わたしのルールを一方的に押し付ける」というものがあります。 それがどれだけ正論であっても(キレイに片付ける)、押し付けられる方にとっては理不尽でしかありません。
わが家では「家族共有の収納」や「リビングやダイニングなどみんなで使う場所」は「公共の空間である」というルールがあります。 道端に自分の鞄を放り投げていれば、誰かの迷惑になるし、捨てられたり蹴られたり踏まれたりしても、「置いてる方が悪い」ですよね。大事にしたいのなら、自分のテリトリーに片付けるのが当然です。
個人のテリトリーについては、口出しはしませんが、公共空間については、雑にすることは許されない、というのがわが家のルールです。 そして、もっとも大切なのは、このルールは僕が一方的に作って押し付けたのではなく、妻や娘とともに考えた、ということです。
こうした家事シェアのコツは、まだまだたくさんあります。 ですが、家事を自分事にしてもらうには、こうしたアプローチはとても効果的です。



