家事は「次に使うための準備」をすること
夫の「やりかけ家事問題」。
家事をする夫が増えてきたいま、「やらない」ことが問題ではなく「やってくれても中途半端」という問題が急浮上しています。
- オムツを替えてくれたんだけど、リビングに替えたオムツが投げっぱなし
- 食器を洗ってくれたんだけど、水切りかごに入れっぱなし
- シャンプーを入れ替えてくれたんだけど、空の容器が置きっぱなし
などなど。
「なんで後一歩なのに、気がついてくれないんだろう…!」
そんなモヤモヤってたくさんあります。
普段家事をやっている人にとっては、当たり前のことでも、あまりやらない人はなかなか気が付かないものなのです。
そんなとき。
「ちゃんと最後まで終わらせてよ」
と言っても「??」となってしまう。全然通じない。
「ちゃんと洗ったじゃん。なんでイライラしてるの?」
「でも、まだ拭いてないし、食器棚にもしまってないじゃん」
「え、そこまでやらなきゃダメなの? そのままでも別によくない?」
こんなやり取りになってしまうと、それ以上頼むのもちょっと嫌になってしまいます。
そして食器を洗った方も、洗った事実よりも、やっていなかった「拭いて、しまう」ばかり注意されれば面白くもないでしょう。
では、家事はどこまでやったら「終わった」ことになるのでしょうか。
それを一つひとつルール化して決めていたら、生活はとても息苦しいものになってしまいます。しかも、そんなの全部覚えてなんかいられません。
そこで、家事を「終わらせる」と考えるのではなく、こう考えてみて下さい。
「家事は、『次に使うための準備』をすること」
きっと、普段家事をする人は無意識に、これを考えて動いていることもあるのです。
だけど、家事をたまにしかしない人には、この観点がまったくないことがある。
それが「やりかけ家事問題」の原因なのです。
夫の家事はなぜ中途半端なのか?
家事というのは、「点」の作業ではなく、ずっと「線」で繋がっている作業なんです。
たとえば夕飯作り。
調理の前には、「メニュー決め→買い物→買ってきた物収納→調理」と調理に入るまでにいくつもの工程があります。
さらにメニュー決めで言えば「前日や一週間の献立や冷蔵庫の残り物からバランスを考える」みたいに、日をまたいで繋がっていたりもします。
「今日はカレーが食べたいからカレーにしよう!」だけで、毎日の食事作りを行ってるわけではありません。
また、調理後も線で繋がっています。
「調理→食卓準備→(食事)→食器洗い→お風呂準備→…」と夕飯作りを超えて、お風呂や片付けなどに繋がっていきます。
家事をする人は、このように家事を「線」でとらえていますよね。
だから、できるときはなるべく「次に使うときの準備」をしようとします。
これをわかりやすく、普通の言い方で言えば「ついでにやっちゃう」ってことです。
食器洗ったら、ついでにシンクもキレイにしちゃう。
トイレットペーパーがなくなったら、ついでに補充しちゃう。
この「ついで」こそが「次に使うための準備」になっていくのです。
ところが「ここまでやったんだから『ついで』にやってよ」というと、まるで「プラスアルファの家事」のように聞こえてしまう。
だから「ここまでやったのに、プラスでさらに求められるのは辛いよ」となってしまいます。
家事を線でとらえている人は、その「ついで」が未来の自分を助けてくれることがわかっています。
でも、家事を点でしかとらえていない人は、将来自分が助かるわけじゃないので、最低限以上にはなかなか意識が向きません。
だから「家事は次に使うときのための準備」をすることなんだと、再定義してしまうのです。
わが家では子どもにも「このままだと、次使うときに使いにくいよ」とフィードバックしあっています。
(ここだけの話、子どもから指摘されることもよくあります 苦笑)
大工の親方流、仕事術の応用
これを僕に教えてくれたのは、大工の親方さんでした。
15年ほど前。僕はインテリアの仕事をしていました。そこで内装工事の現場に入ると、職人さんに色んなことを教えてもらいました。
中でも口を酸っぱく言われていたのが「次のことを考えて動け」でした。
「そこに置いてたら、次使うときに使いにくいだろ?」
「上から順番に取れるように、置き方考えろよ!」
「適当にしまったら、次使う奴が困るだろ?」
そんなフィードバックをもらう毎日。
このときに叩き込まれた仕事術は、そのまま日々の家事にも活かされています。
ぜひ、家庭の中でも取り入れてみて下さい。