教えてくれたのは……馬渡由香子さん
都内の企業にフルタイムで勤める、男子3人のママ。ほぼワンオペで育児も家事もこなし、Instagramで紹介する料理の腕はプロ並み。4月からは長男の高校でPTA会長、三男の中学校でPTA副会長となるが、その物腰の柔らかさで多くのママと協力しながら、PTAの仕事も楽しんで取り組んでいる。
今年は「PTA会長」と「PTA副会長」をかけもち
――まず、馬渡さんのお子さんたちの年齢を教えてください。
この春から高校2年生(都立高校)の長男、中学3年生の(私立中学)の次男、中学2年生の三男(公立中学)の3人の息子がいます。
――3人とも違う学校に通っているんですね。これまでもそれぞれの学校で役員をやられていると聞いているのですが、この春から担当される係を教えてください。
今年は、長男が通う高校のPTA会長という大きな役割を担うことになりました。なので、他の2人の学校では大きな係は難しいかなと思っていたのですが、三男の学校でもPTA副会長に決まりました。次男が通う学校では何も担当しないので、今年はPTA会長とPTA副会長をかけもちします。
――すごすぎませんか? PTAの会長と副会長をかけもちなんて! これまでも常にそんな感じで係を担当してきたのでしょうか?
昨年は、三男の学校で学年委員。次男の学校では、学年実行委員を担当しました。長男が通う高校では、一度役員になると3年間通してやることになっているので、昨年から本部役員を担当し、今年PTA会長になったという流れです。
夫がじゃんけんに勝ったことで決まった高校のPTA役員
――1度なったら3年間……。それでも役員になったのはなぜですか?
三男の中学校と長男の高校の入学式が同じ日だったんです。どちらもその日に役員を決めることになっていて、私は三男の中学校のほうに参加しました。中学の役員決めは立候補なのですが、みなさん下を見たまま無言の状態が10分ほど続いて……。役員を決めるときによくある状況ですよね。私は、ここ数年コロナ禍で学校に行くイベントや関わりが少なかったから、PTAをやったほうが学校のイベントに関われるかもしれないと思って、「やります」と手を挙げました。そしたら、隣にいたママ友が「馬渡さんがやるなら私もやります」と言ってくれて決まったんです。そのとき、高校の入学式に出ていた夫から、「じゃんけんに勝って役員に決まったよ」って連絡が来たんです。
――えっ!? 旦那さんがじゃんけんに勝ったから?
高校の役員決めは、最初からじゃんけんで決めるんです。それも、勝った人がなるというルールらしくて(笑)。夫から「負ける気がしなかった。高校は3年間らしいよ」って連絡が来て、「えっ! 3年間!?」って驚きました。
――その連絡が来て、苛立ちはなかったんですか?
実は、なんとなく高校と中学のダブルでPTAをやりそうだなという予感があったんです。やりたいということではなくて、決まりそうという感覚があったので、「やっぱりかぁ」という気持ちでした。なので、夫からの連絡には苛立ちとかはなくて、「しょうがないね」って返事をしました。
――人によっては、そこから夫婦喧嘩が勃発してもおかしくないようにも感じるのですが……。
ほんとにイヤな人はイヤみたいです。過去には役員決めでじゃんけんに勝って怒っている人がいっぱいいたと聞きました。「本当に時間がないんです!」と言って教室を出ていく人や、トイレに行くふりをして帰っちゃう人がいたなんて話を友達から聞いたこともあります。私は、そこまでの抵抗はないというか、決まったならやろうかなと考える性格なんだと思います。
委員長になってPTA活動を改革
――馬渡さんが初めて役員やPTAに関わったのはどのタイミングからですか?
長男が行った幼稚園では卒園の係をやりました。それが、初めての係でした。PTAに関わったのは、長男が2年生になったときです。
――1年生のときから参加したわけではないんですね。
1年生のときは小学校生活が初めてだったので、何をするのかわからなくて1年間様子を見ていました。同級生のママたちと仲良くなったタイミングで、イベントの付き添いをする保体部委員になりました。
――保体部委員というのはどんなお仕事をするんですか?
わんぱく相撲やミニバスケットボールの大会を開催したり、付き添いなどしたりする係です。学校側はノータッチなので、100人くらい参加するわんぱく相撲に関することを全てママたちで準備するんです。この委員の集まりが週に3、4回あって、朝8時半から9時の間に学校に行って打ち合わせをするんです。会社には「PTAの集まりに参加しなくてはいけないので……」と連絡をして遅刻するという日が続きました。
――それはとても大変ですね……。そんなに集まりがあるのもびっくりです。
すごく理解がある会社で毎回参加できていたのですが、さすがに週に3、4回も遅刻するのは申し訳ないし、そもそもそんなに集まるほどのことはしていなかったんです。その体制自体を変えたほうが良いと思って、次の年は委員長に立候補しました。
――運営自体の改革をされたということですか?
そうですね。1年間担当して「ここは削れる」と感じた仕事を削っていきました。週3、4回の集まりも10分の1くらいに減らして、LINEのやりとりで決めたり共有するようにしたりしたんです。作業がある場合は土曜に集まって作業をすることにしたので、仕事に遅刻することもなくなりました。いろいろ変えていくと、ママたちが「私、ここ出られます」とか、「この日は学校に行けます」とすごく協力的に動いてくれるようになって、全体的な負担が減りました。
――運営をスリム化して、さらにママたちが協力しやすくなったなんて敏腕役員じゃないですか!
みなさん、すごく良い方ばかりだったんです。ママたちは日々、育児、家事、仕事をこなしているのでタスクの処理能力が高いんですよね。みんなで力を合わせたらいろいろなことがうまくまわっていきました。3年目には、「みんなで楽しんでやりたいね!」となって、PTAというよりはママたちが集まるサークルのようになりました。楽しく活動をしていたら、学校側が「これを着て応援に行ってください」と言って、PTA用にピンクのTシャツを作ってくれたんです。その経験があるから、PTAになることにポジティブな気持ちが強いのかもしれません。
――体制を変えた後、PTAに参加していた方たちからはどんな声がありましたか?
「PTAがこんなに楽しいとは思っていなかった」と言ってくれる人が多かったです。最初は、知らない人ばかりだったので、「大丈夫かな?」という不安もあったし、みなさん仕事をしていたり、下の子が小さかったり、いろいろな事情がある中で参加してくれているんですよね。その方々から「楽しかったです」とか「また来年もやるつもりです!」と言ってもらえたのはすごくうれしかったです。
「3年間続くPTA役員を、夫がじゃんけんに勝って決めてきた」。ニコニコと語る馬渡さん。その時点で夫婦喧嘩勃発してもおかしくない流れなのに……。お話を聞きながら馬渡さんの懐の広さに感動してしまいました。幼稚園時代はいろいろな役員を積極的に担当してきた筆者も、コロナ禍の小学校入学という流れからPTAに関わることを避けていた一人。でも、馬渡さんのお話を聞いて、食わず嫌いで拒否するよりやってみることで何か得られるものを見つけてみるのも良いかもしれない! という気持ちになりました。次回もさらにいろいろなお話を聞いていきます。