スマホを落とした…
とある日の午後、路線バスでスマホを落とした。コートの斜めになったポケットから滑り落ちてしまったようだが、イヤホンで音楽を聴いていて気づかなかったのだ。
幸い、帰宅してバス会社に電話をすると届いていたことがわかり「すぐ取りに行きます!」と、日が暮れかけた薄暗くて寒い時間に車とガレージのキーを手に家を出た。マンションの立体ガレージ操作盤にガレージキーを差すとビリリッと静電気が光り……何かイヤな予感がした。
こんな時こそ気を付けなければ…
「こんな時間に事故が多いんよな、今日はただでさえツイていないし気を付けないと」そんなことを考えながらいつもよりスピードを控えめにして慎重にハンドルを握ってバス会社へ向かった。
10分ほど走り、大通りの左折車線で信号待ちをしていた。前にいたのは大型のトラック。
トラックが動き出したので、つい「青信号に変わったんだな」と思い込み、後から続いて左折をしようとしたら、白いヘルメットをかぶった若いおまわりさんがピピピピと笛を吹いて満面の笑みで(に見えた)スキップで(に見えた)「はい、止まってくださ~い」と私を止めた。
「親が危篤で」とも言えず…
何がなんだかわからない。
「なんですか?」と聞くと「信号無視です。赤でした。」あ~やってしまった(涙)トラックにくっついていたので、前方の信号が見えていなかったのは確かだ。
「どこへ行かれるんですか?」
ここで何か気の利いたことを言えば見逃してもらえるんだろうか? と、ふと考えたりもしたが「親が危篤」とか言うのもどうだかなぁと思い「スマホ落としてバス会社に取りに行くところ」とそのまま言うと「ああ、それで慌ててはったんですねぇ」とか、ちょっといいヒトっぽくおまわりさんが言った。
釣りはいらん! 逃がしてくれ!
古い日記でも赤いハンカチでもなく(古っ)青い切符に何やら色々おまわりさんが白い軸のジェットストリームで書き込んでいる。「罰金は9000円です」と笑顔(に見えた)で言う。
ワンチャンいけるかも? な悪知恵を思いつき「じゃあ今すぐ払うし、おつりはいらないから逃がしてよ」とか言ってみたが「無理ですね~」と、今度は無表情で言う。
いや、そこは面白かったなら笑っていいのに、と、どんどん私の機嫌は悪くなる。いや自分が悪いんだから、機嫌が悪くなるのはおかしい。もう大人なのに、自分の過ちで中2みたいな態度を取るのは絶対に間違っている。
つい毒を吐くのが悪い癖……
完全に不貞腐れた(ふてくされた、と読むのね)私は、左手の人差し指に付けた朱肉をふき取るためのティッシュをおまわりさんから受け取ったときに、つい「気の毒やね、誰にも感謝されないお仕事で」と、決して独り言ではなく、絶対におまわりさんに聞こえるように言ってしまった。
そして、神さまも仏さまもおまわりさんも怒らせてしまい、大変な天罰を受けることとなったのだ。
天罰? 人生最大●●●
数日後、舌の側面に痛みを覚えて鏡を見たら口内炎ができていた。
かなり大きい。何も食べなくても飲まなくてもものすごく痛くて気が滅入る。その翌日から東京へ出張の予定があり、クライアントの忘年会に参加する予定だというのに、最悪のコンディション。片時も痛みから逃れられずとにかく辛い。
全滅! 東京グルメ
神田付近に宿泊するのでお蕎麦を楽しみにしていたし、神保町でスパイスカレーを食べるのも重大ミッション。
ところが痛みは増すばかり。ドラッグストアでビタミンBのドリンクや口内炎パッチや軟膏を買ってせっせと仕込むも効き目無し。忘年会でさえご挨拶もそこそこに途中退席を連続し、そそくさとセルフな450円のもりそばをすすってふて寝をした。
ここでようやく「あんなことおまわりさんに言うんじゃなかったな」と、ビジホの天井に向かって初めて反省の言葉を口にしたのだ。
翌朝、神田明神にお参りしたとき、ふと「もうあんなこと言いませんから、口内炎を治してください」とお願いしそうになったけど「いやいや、そういうのがあかんのよ」とギリギリのところで気づき、「やめときます」と撤回した。どのみち5円玉2枚じゃムシが良すぎる。
だから言わんこっちゃない!
「ヒトを呪わば穴二つ」
——誰かに向けた毒は、だいたい自分に戻ってくる。
そして信号無視はいけません。失敗は取り消せないけれど、神保町のカレーも神田の蕎麦も、私をきっと待っていてくれる。だからとりあえず信号だけは守ります。ほんとうに。
え? 誰ですか?「のど元過ぎれば熱さ忘れる」なんて言ってるのは?










