48歳に見えない理由は「肉付きの良さ」
年女の私は、年が明けてから、「私、年女なんです~」と、人と会う度に伝えている。
言われた相手は、「年女?」と聞き返しながら、「36? いや、それはないか。48? え? 48?」みたいな顔をする。
年齢を知っているはずの友人でさえ、「えっ? 48歳なの?」と聞いてくるので、多分私は、36歳には見えないけど、48歳にも見えないらしい。
そして、だいたいの人が、「40代前半かと思ってました~」と言う。
そう言われて、私は喜ぶ。実年齢より若く見えると言われたら、それは素直にうれしいものだ。
48歳に見えない理由の一つに、肉付きの良さがある。やはり、ある程度の年齢になると、痩せているより、それなりに肉付きがあるほうが若く見える。
顔もパンパンとしているので、シワが少ない。
ここ数年、痩せたい、痩せたいと思いながらいろいろなことに挑戦したけど、結局思うように体重は減らない。
けど、ある時から、「不健康に太っているというよりは、健康的にふくよかなんだよなぁ」と思えるようになって、以前ほど「痩せたい」ということを考えなくなった。
そしたら、少しだけ痩せた。求めてばかりいたときには手に入らないものが、諦めた途端に手に入るということが、人生には時々起こる。不思議なものだ。
あの頃のドラマの俳優たちは、なぜあんなに大人びて見えたのか
最近、「あの頃のドラマ」とか「あの頃の流行りの曲」といった、私世代が「懐かしい~!」という気持ちになる番組をよく見る。
子どもの頃に見ていたドラマが流れると、「懐かしい!」と思うと同時に、俳優たちの当時の年齢を見て驚愕する。
「えっ! この時この人20代なの!?」みたいな驚きの連続だ。
例えば、「ニューヨーク恋物語」のときの田村正和は、45歳。なんと、今の私より2歳も若い。
……いやいやいや。どう考えても、そんなわけない。
80年代、90年代の人たちは、なんだかすごく大人びて見える。どうして、30代でそんな貫禄があるの? と思うような人がたくさんいた。
それに比べると、令和の時代の40代以降の人たちはものすごく見た目が若い。40代でも20代に見えるような人がいるし、60代でも「めちゃくちゃ若い!」と思うような人がたくさんいる。
ちなみに、私の母は75歳だけど、とても75歳には見えない。75歳という数字だけで考えると、もっとおばあさんぽいイメージをしてしまうけど、実際の母は60代でも通用するくらい見た目が若い。
年齢を重ねた今の顔は、これまでの生き方の結果
なぜ、時代とともに、こんなにも「若く見える人」が増えたのだろう。
よく「30歳を過ぎると、生き様が顔に出る」と言うけれど、見た目の若さに関して言えば、それは「自分をどう扱ってきたか」に大きく左右されるのではないかと思う。
昭和という時代は、無理を当たり前にし、疲れていても休まず、感情を抑え込み、周囲の期待に応えることを優先してきた人が多い時代だったように思う。
その生き方は、知らず知らずのうちに心と身体を消耗させるはず。そして、その積み重ねは、表情の硬さ、肌のくすみ、姿勢や声のトーンとして現れ、「年齢以上の疲れ」を見た目に刻むのではないだろうか。
でも、それがあの時代では「立派な大人」だった。
そして時代は変わり、今は、自分の感覚を大切にし、疲れたら休み、嫌なことに無理に耐えず、心地よさを選ぶ人が増えてきた。
年齢を重ねても柔らかさを保ち、自分を責めず、労わり、肯定した分、安心感のある表情や自然な笑顔となり、結果として若々しい印象をつくっているのではないだろうか。
若く見えるかどうかは、特別な美容法の問題ではない。
日々の選択の中で、自分を消耗品のように扱ってきたか、それとも大切な存在として丁寧に扱ってきたか。
その違いは、確実に数年後、数十年後の見た目に反映される。
見た目の若さを手に入れるなら、年齢を重ねることを抗うのではなく、自分をどれだけ大切にするか。
ある程度年齢を重ねてきた今、自分の見た目は、自分が自分へ向けてきた態度の“結果”なのだ。



