娘の誕生日は、毎年特別な日
明日、娘が12歳になる。干支1周。あの日から12年が経ったなんて、信じられない。
娘を産んでから、毎年この時期は、「〇年前の今頃は……」という記憶を思い出すことが習慣化している。
私の母も、毎年、私の誕生日に、「〇年前の今日……」という出だしのメールを送ってくる。母というのは、そういう生き物なのかもしれない。
娘の予定日は3月7日だったのに、2週間も早く破水をした私は、心の準備ができていないまま入院をした。でも、破水はしたのに陣痛が来ない……という状態が続き、結局娘は、破水から3日目に緊急帝王切開で産まれた。
12年前の今頃、私は病院のベッドで、「3月生まれの赤ちゃんを産むと思っていたのに」と考えながら、来ない陣痛を待っていた。
あれから12年。娘は明日、12歳になり、私と夫は、親としての人生で12歳を迎える。
今年は、小学校卒業もあるのですごく感慨深い。娘が産まれたあの日から、娘の誕生日は毎年特別な日だ。
「子育てを第一優先にしたい」と言った夫
夫は、娘が産まれたときに、「この子が小学校を卒業するまで、俺は子育てを第一優先にしたい」と言った。
そして、その言葉通り、この12年間、夫は本当に子育て第一優先で娘の成長に関わってきた。
夫は、娘が小学校に入学してから、1日も欠かさず登校に付き添ってきた。5年生の夏休みまでは、下校時間も毎日迎えに行っていた。けど、娘に、「帰りは友達と帰りたい」と言われて、お迎えは終了。
登校もそのうち、「1人で行く」と言い出すかと思っていたら、それは言わなかった。朝、2人が出ていった後、ベランダから見送ると、2人は手を繋いで歩いて行く。娘にとっては、それが当たり前のことみたい。
卒業まで残り1ヵ月。6年間、夫は本当にやり遂げたなぁと思う。
以前も書いたように、私は父という存在を知らずに育った。なので、私の人生からすっぽり抜けている”父と娘”という部分を、私は、夫と娘を見て埋めている。
私の人生の中で、長い間空洞になっていた部分を、夫と娘は、これ以上ない豊かさで埋めてくれる。
私自身は、”父と娘”という関係を知らずに育ったけれど、私が見ている夫と娘の関係は、これ以上ないだろうと思うくらい最高の関係だ。
「私の娘のお父さんが、夫でよかった」。
この12年、何度感じたかわからないことを、明日、夫に伝えてみようと思っている。
私が知る中で、夫は世界一のお父さんだ。
子育ては、想像よりずっと早く終わる
我が家は、過保護だ。6年間、登校に付き添っていると聞けば、誰もがそう思うだろう。
「過保護」という言葉を調べると、「必要以上のケアにより自立心を奪う」という内容が書かれていた。けど、娘は決して依存的でもなければ、自立心がないわけでもない。
「パパとママは、本当に過保護だよね」と言われるけど、娘は時々、私よりしっかりしている。
何より、この12年があっという間に過ぎたことを考えると、家族3人でこんなにべったり一緒にいられる時間もそう長くない。
今日だって娘は、小学校から帰ってきて5分も経たずに、友達と遊びに出掛けていって、夕飯の時間まで帰ってこなかった。
こうして、娘がいない時間が増えていく。当たり前のことだけど、子育ては、想像している5倍の早さで終わる。
子育てがはじまった瞬間から、娘が自立するまでのカウントダウンが始まっている。私も夫も、それまでの時間を余すことなく味わい尽くそうと必死だ。
それでも、「もう少しゆっくりでいいんだよ」と言ってしまいたくなるくらい、早い。
中学校の制服の採寸に行き、ぶかぶかの制服をうれしそうに着ている娘を見てボロボロ泣いた私に、「中学に入ったら、さらに成長速度が増すよ」なんて、ママ友が言うから気持ちが焦ってしまう。
今夜娘は、「11歳の私とはさよならだよ~。明日は、12歳の私! おやすみ~」と言って寝室に向かった。
私と夫は、それを聞いて目を合わせたけど、お互いに言葉が出てこなかった。
成長はうれしい! けど、さみしい! 親になったことで初めて知る気持ちを、夫と2人で分かち合いながら、2人で一緒に咀嚼して、受け入れて、「親としての経験」に変えていく作業をしている。
私の娘が娘で幸せだし、私が母として生きていくとき、隣にいるのが夫でよかった。私は、夫とだから、こんなにも幸せな子育てができているのだと、改めて感じる夜。
コラムを書いていたら、午前0時を過ぎた。その瞬間、娘がトイレに起きてきた(笑)。12歳になった娘を抱きしめて、私も寝ることにする。




