よく頑張った6年間!
今週、娘が小学校を卒業する。
あっという間の6年間だった。今年、小学校を卒業する子どもたちは、コロナ禍に入学した世代。
入学のタイミングで緊急事態宣言となったため、多くの学校で、入学式が中止になったり縮小されたりした。娘は、小学校の入学式に参加しないまま小学生になった。
4月が過ぎてもランドセルは出番がなく、しばらくピカピカのままだった。ようやく学校に行くことができたのは6月になってから。それも、みんなマスク姿での小学校生活がスタート。
友達の顔もよく見えないまま、距離をとることが当たり前。「お友達と一緒に何かをする」。そんな当たり前のことが制限されていた時間を、たくさん過ごした子どもたち。
ある時、学校給食をテーマにしたドラマを娘と観ていたら、
「ママ! 昔は、こんな風に机をくっつけて向かい合って給食が食べられたの? いいなぁ。楽しそう」と聞いてきた。
私は、その娘の言葉を聞いたとき涙が溢れた。
今年、小学校を卒業する子どもたちは、本当なら当たり前にあったはずの経験を、たくさん我慢してきた6年間を過ごしてきたと思う。
それでも、その中でお友達をつくって、楽しく学校に行くことができた娘のことを誇らしく思う。
パパの“もうひとつの小学校生活”
少し前のコラムにも書いたけど、「この子が小学校を卒業するまで、俺は子育てを第一優先にしたい」と宣言した夫は、この6年間、本当に1日も欠かすことなく娘の登校に付き添った。
卒業式までのカウントダウンがはじまり、私は毎朝、2人が学校に歩いて行く姿をベランダから見守っていた。
娘が少し先を歩いている日があれば、手をつないで歩いて行く日もある。2人のその後ろ姿を、私はきっとこの先もずっと忘れない。
娘が大人になったら、「6年間、パパと登校した日々」について聞いてみたいと思っている。それは、これから先の私の楽しみのひとつだ。
過保護な夫は、4年生くらいまでは、放課後の公園にも付き添っていた。子どもたちに交じって遊ぶ夫が不審者に間違われないか心配したこともあるけど、そんな夫は子どもたちにとって最高の遊び相手として歓迎されていた。
高学年になってからは、さすがに公園遊びの付き添いはやめていたけど、今日、小学校生活最後として、娘の公園遊びに久しぶりに参加してきた夫。
子どもたちに大歓迎され、2時間近く公園で鬼ごっこをしてきたらしい。
「これで、俺の小学校生活が終わった」と言った夫に、「小学生じゃないでしょ!」と、娘が突っ込んでいたけど、私はその2人を見て、胸が熱くなった。
私の夫がこの人で、私の娘がこの子で、本当に私は幸せだなぁと感じた。
最後の保護者会で感じたこと
卒業式を前に、最後の保護者会があった。
担任の先生が作ってくれた、子どもたちから親への感謝のメッセージビデオを見た。
「卒業式で泣くとは思っていたけど、まさか、保護者会でこんなに泣くなんて……」
集まったお母さんたちが、そう言いながら泣いていた。
娘のクラスの子どもたちを見てきて思うのは、「みんなちがって、みんないい」という考えの子が多いということ。
転入・転出が多い学校でもあるため、転校生を受け入れることにも慣れている。転校生がきたら、みんなで話しかけて輪の中心にいれる。娘から話を聞いて、そういう環境だとは思っていたけれど、転校してきたというお母さん数人が、「心配していたけど、びっくりするほど早く環境に馴染んでいた」と話しているのを聞いて、とても良いクラスだったことが伝わってきた。
1人のお母さんが、「みなさんのお話を聞いていても、子ども達を見ていても、とても大切に愛されて育ったお子さんたちがたくさんいるクラスだなと感じていました」と話してた。
娘の小学校生活最後のクラスが、こんなにもあたたかい場所でよかった。心からそう思う。
コロナ禍の入学。できなかったことばかりに意識がいきがちだけど、その限られた環境の中で、ちゃんと育って、ちゃんと笑って、ちゃんと人と関わってきた子どもたち。
だから大丈夫。
どんな6年間でも、その子が過ごしてきた時間にはちゃんと意味がある。
今年、小学校を卒業する子どもたち、卒業おめでとう。
そして、お父さん、お母さんたち、おめでとうございます!



