「いいよね、自由に遊びに行けて」
母親と娘の親子関係は、距離感が特に近くなりやすいと言われています。
そんな中で問題になるのが「母親が娘に対して感じる嫉妬」。
- 友達と遊びに行くときに「いいよね、自由に時間を使えて」
- 学校の話をしたときに「楽しそうでいいよね」
- お父さんから褒めたときに「私にはそんなこと言ってくれないのに」
などと母親から娘に言ってしまうときがあるようです。
親としては、冗談のつもりで軽く言っただけでも、どこか本音が隠れていたり、娘を羨ましく思う気持ちもありそうですよね。
一方、思春期の娘視点では「なんでそんな風に言うんだろう」と感じ、嫌味として受け取るときが多いよう。
母親が娘を羨ましく思ったり、つい比べてしまうのはなぜなのでしょうか。
母親が娘に嫉妬心を抱く理由とは?
「もし自分だったら」と想像する距離感
娘が思春期になり、大人に近づいていく姿は母親の若い頃と重なるところがあります。
そんな中で、「もし自分だったら」と想像しやすくなるよう。
また、幼い子どもとして見ている時期は気にならなくても、外見中身ともに大人になってくると知らず知らずのうちに比較対象となっていくんです。
そして一方で娘も成長し思春期となっている中、母親の嫉妬や比較を敏感に受け取りがちなんです。
距離感の近さゆえに、母親自身と娘を重ねるところがあり、嫉妬に繋がるときもあるんですね。
自分が支えている気持ち
親といっても誰しもが「無条件の愛」を子どもに注げるわけではありません。
どこかで、”~してあげている”気持ちは感じるもの。
そんな中で、「放っておいて」「もう私は親に面倒見てもらわなくても大丈夫だから」など、反抗期らしさを感じると、“こんなに~してあげたのに”という気持ちを抱くときも。
親に対する感謝のなさや、存在感を蔑ろにされている気持ちから、嫌味のように言ってしまいやすくなるんですね。
何にでもなれる娘と、折り返しにいる自分
10代の娘の姿は、毎日友達と部活や学校行事、遊びなど華やかで楽しい出来事に囲まれていてキラキラして見えるかもしれません。
一方親の年代になると、なんとなく先が見通せてしまったり、やりたいことよりもやらなければいけないことに囲まれていたり。
子どもが巣立っていく寂しさや孤独感、漠然とした抑うつ感を抱くときもあるでしょう。
対照的な自分と娘を見ると、様々な可能性に満ちている娘の姿を羨ましく感じやすくなるかもしれません。
娘世代の若さや可能性は距離を取って見られると、輝かしく感じ、また見守りたくなるものでもあります。
親子間の距離を上手い具合に取っていけるといいですよね。
呪いの言葉をかけるのも、可能性を信じるのも自分自身
親であっても、娘に対して感情的になる瞬間があるのは自然なことです。
嫉妬や羨ましさから出た何気ない一言で衝突するときもあるかもしれませんが、考えていきたいのはその先。
子育てで手をかける時間が過ぎ、子どもから必要とされている実感ももちにくくなる時期、「自分の人生はこんなもん」「なんだったんだろうな、今まで」と消極的な言葉を自分にかけるのか。
それとも「今からでも遅くないのかな」と、新しい可能性を探してみるのか。
介護や金銭面など、環境や状況によって制限されるところもあるかもしれません。
それでも、もやもやしている時間を前向きな時間に変える術はきっとあるはずです。
- オンラインでとれる資格に目を向けてみる
- 子どもが生まれる前、はまっていたこと・やってみたかったことを思い出す
- 身近な人の趣味や時間の過ごし方を聞いてみる
心の中にモヤモヤがあると、チクっとした言葉に変わって誰かに伝わってしまうときがあります。
どうしてあんな風に言ってしまったんだろうと感じたときは、自分に目を向け、大切にする時間を作ってみてください。