「正解に囲まれて生きてきた」

高校生の頃の話を聞いた。特に部活に打ち込むわけでもなく、漠然とヒッチハイクで世界を巡る旅に憧れた、という話の後、KADさんはふと真顔になった。
「正直、本当に生きづらかったですね、僕」
地元の高校を卒業後は大学で建築を学び、設計士として働いた。そして、独立を考えるようになった。設計の仕事は1ミリの誤差も許されない職業。ところが人間関係は違う。KADさんは、そんな当時の心の内をぽつりぽつりと話してくれた。
「まず直属の上司の正解があって、別の上司の正解もあって、部下の正解もある。
その『いっぱいある正解』に自分を合わせて生きていくのが、なかなか厳しくて」
この国に生まれ育った私たちは、当たり前に「正解を出す力」を鍛えられてきた。テストで、受験で、就活で。間違えないことが優秀さの証だった。
けれど社会に出ると、正解は1つではなくなる。
それでもなお、「間違えてはいけないんだ」と自分を縛る癖だけは残っている。
「完璧」という呪縛

ついに、夢を叶えてヒッチハイクの世界旅に話に及ぶと、彼はこう言った。
「いくら頑張ってみても正解なんて見つからない。完璧って、不可能やなって思い知らされるんですよ。毎日、色々行き先を考えてはいても、結局どの街に行って、どこで寝るかもなかなか決まらないし(笑)」
6時間、道路脇に立ち続けることもあった。
「ずっと立ってると、もう瞑想状態になって(笑)だんだん予定通りじゃなくても、完璧じゃなくてもいいんじゃないか、って思うんですよ」
完璧であること。
失敗しないこと。
ちゃんとしていること。
それを「当然」として生きてきた私たちには、見知らぬ国の路上で車を止めるために6時間も立ち続けるKADさんの言葉がまぶしい。ひたすら、まぶしい。
「常識」は絶対じゃなかった

日本は、整っている国だ。とても「ちゃんとしている」。
名刺の渡し方も、お辞儀の角度も、正確でとても美しい。といいながら、彼は笑う。その言葉と裏腹の薄い笑顔に「ちょっと変だよね」というニュアンスが少しだけ垣間見えた。
「日本ではみんな完璧に見えるじゃないですか。でもね海外で僕を車に乗せてくれたおっちゃんたちは、みんな全然完璧じゃないんですよ」
奥さんがめっちゃ怖い話。仕事が大変な話。弱さも愚痴も、普通にある。誰にでも。
「なのにね、外国人の旅人を車に乗せてくれるくらいに優しくて、めちゃくちゃ毎日が楽しそうなんですよ。それを見ていたら、別に完璧じゃなくてもええやん! って思いました」
日本で暮らす私たちが世間の「常識」だと思っていたものは、日本という国だけのローカルルールにすぎないのかもしれない。
それでも世界は善意でできている

組織から独立する前に、思い悩んだ時期があったという。
「この世界って、ほんまにこんなんなんかなって。僕は、世の中って人の善意で溢れてるはずやと思ってたんですよ」
だからヒッチハイクで世界一周を決めた。
「自分で確かめたかったんです。普通に旅をするよりも、ヒッチハイクのほうが人の善意に触れられると思ったから」
大阪からソウルへ船で出国し、アジアを経由して少々怖い目にも遭いながらヨーロッパへ……多くの国境を一期一会のドライバーを頼りに越えて行き、やがてロンドンに着く頃には、答えが出た。
「ほら、やっぱり世界は善意でできてるやんって」
その言葉は少し誇らしげで、でもどこか照れたようでもあった。
まだ旅の途中

「なんか僕、普通の人間なんで、すごい格言とか期待されてたらどうしようと思って」
インタビュー終盤のKADさんの言葉だ。
特別な人だから旅をしたのではない。KADさんは問いを抱えた「普通の人」。
自分の体験として人々のやさしさを肌で感じるために旅に出た。
そしてその旅は2017年に韓国を訪れてから、今もまだ続いている。グアテマラは午後8時、私たちの会話はマグカップに注がれたおいしいカカオドリンクの話から始まり、次の目的地タイの話題で終わった。
「タイはいいですよ! 来られたらご案内します!」
KADさんの著書は自慢の一眼レフで撮られた美しい写真に、旅で出会った人々の彼らなりの「普通」の言葉があふれている。
それらは全て彼らの「常識」にすぎないのに、不自由に生きてきた私たちの胸の奥に静かに深く刺さる。
正解を探さない生き方を
私たちはもう十分、ちゃんとしてきた。
だからこれからは、「正解」よりも「気分がいい方」を選んでもいい。
知らず知らずのうちに自分に強いていた「こうあるべき」を、ひとつほどく。間違ってもいい、頑張らなくてもいい。生き方に、模範解答はないのだから。
世界100ヵ国の旅で出会った人たちが教えてくれた 人生で大切なこと
単行本(ソフトカバー) – 2025/12/19
旅人KAD (かど) (著)
https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-3233-7

