久しぶりの帰省で親の愚痴に心が痛む
久しぶりに孫が遊びに来れば、家の中はとても賑やかになります。 ですが「普段は、会話もなくて家が静かでさみしい……」と言われて、ちょっと考えてしまいました。
もちろん、夏の帰省は家族が揃って楽しい時間です。 でも「毎年それだけを楽しみにしている」となると、子ども家族としてはプレッシャーが重すぎてしまいます。年老いていく親を見て、身体のことが心配になるのは当然です。 ですが、「何も楽しみがない」ということまで、心配をかけるのはどうでしょうか。
僕自身は、自分の子どもにそうした心配をかけたくないと、強く思います。 では、この現象はいつから起こるのでしょうか? 僕は、いま子育てをしているこの瞬間からすでに始まっているのだと考えています。
子どもとの適切な距離感
子育てをするうえで、「親子の距離感」というのは非常に大切です。
よく言われる教訓として「子育て四訓」があります。
- 乳児はしっかり肌を離すな
- 幼児は肌を離せ、手を離すな
- 少年は手を離せ、目を離すな
- 青年は目を離せ、心を離すな
ネイティブアメリカンの教えと言われていますが、出どころは諸説あるようです。 いずれの言葉にしても、子育てとの関わりにおいて非常に有益な教訓であることは間違いありません。
ですが、子どもに依存しすぎてしまうとこの距離感が、幼児から先に進まなかったり、青年を過ぎてもまだ目を離せなかったりしてしまうことがあるようです。
これは子どもの自律にとって大きな影響を与えてしまいます。 親がいつまでも子どもを子ども扱いしていれば、「親の言うことを聞いていればいい」と自分で考えることを放棄してしまうかもしれません。
そして、子どもとの距離がいつまでも近すぎるままだとうまく子離れができず、子どもに「心配をかける」ことで寂しさを紛らわそうとしてしまうこともあると言います。
空の巣症候群
空の巣症候群という言葉があります。 子どもが巣立つことで親が感じる焦燥感のことです。
これまで一緒だった子どもが巣立っていくことはさみしいことでしょう。 ですが、そのさみしさを「巣立った子どもに連絡を取ること」で埋めてもしかたありません。
そうではなくて、自分の世界を新たにつくることで埋めていく必要があります。
趣味でも、仕事でも、新しい友人でもいいでしょう。 子育てに割いていた時間やエネルギーを、自分の人生を豊かにするために使うのです。そうはいっても、子どもが家を出てから急にそんなことを始めようとしても、「何をすればいいかわからない」となってしまうかもしれません。 だからこそ、子どもの成長に合わせて子育て中のいまから少しずつ「自分の楽しみ」をつくっていかなくてはなと思います。
子どもが巣立って活き活き輝く親は安心
子どもが巣立った後も、自分のやりたいことを楽しんだり、仲の良い友人たちと旅行やお茶を楽しんでる話を聞けば、子どもはそれだけでホッとするものです。 いつも家にこもっていて、楽しいことも何もない、身体もシンドい、夫婦の関係も良くない……。 なんてことになれば、心配になってしまいます。
特別アグレッシブである必要はありません。 ですが、子育て以外の自分の世界を、歳を取った後も持っていることが、子どもにとって安心材料だったりします。
子育て中のいまから「親が自分の人生を楽しむ姿」を子どもには見せていたいなと思います。




