視線の先にいるのは……
私の横でピンと背中を伸ばして座ってる人がいる。その人は自分の飲み物が来るまで微動だにせず、来るはずの人の方を見たまま座っている。
姿勢がいい人。
思えば私は姿勢がいい人のことを目で追うクセがある。そして目を閉じれば割と簡単にその姿まで思い出せるほど記憶にも残っている。
小学生の時、すらりとした少女が2人。まわりの子たちと何がどう違うのかわからないけれど、でもなんだか目で追ってしまうあの子たち。歩き方とか、立ち姿とか、おしゃべりしているだけのその雰囲気までなんだか目立つ。どうしてだろう……いつもこっそりと覗き見る。だけど答えは割とすぐに見つかった。学校の舞台に立ち、みんなの前で踊ってくれたのだ。そう、二人はバレリーナ。どおりでね!
背中が語るもの
そういえば高校に、いつもまっすぐ前を見ている先生がいた。
その先生は、呼べば体ごとこちらを向く。
物を拾う時も背中は伸びたまま。
とても姿勢がいい……けど、なんか面白い。
どこにいても、座っていても、頭一つ抜き出ているのですぐに目につく。運動している時だって背筋がピンと伸びている……けど、運動神経は良くなさそうだ。もしかして、それって身体が硬いだけだったのかな。真面目でいい先生だったのは確かに覚えている。
社会に出ると、今度は私が姿勢について怒られるようになる。
「背中をのばしなさい」「前を向きなさい」「歩くときは腰から」次々に飛んでくるゲキにビクビクしながらも、確かに怒っているその人のたたずまいは実に堂々としていて自信に満ち溢れており感心してしまう。
今でもたまにそのゲキを思い出しては、そっと実践してみたりもする。だけどなんだかな、その人のことはそんなに好きじゃない。
でも今、隣に座っている人はすごく素敵だ。横目でうっすらと観察していると、珈琲を飲んでいる時もケーキを食べている時も、姿勢はちっとも変わらないし、とても自然。
その人の周りだけ清涼な空気が流れているみたい。
対する私はどうだろう。考え事をし、思いついたことをメモしているその背中は、丸く丸く固まって。オーラというオーラを自分の小さなスマホの画面に吸収されているみたい。
「イソザキさんって、集中すればするほど背中が丸まっていきますよね」
会社でふと後輩に言われた一言がフラッシュバックする。
だって、その方がはかどるんだもん。いい仕事ができるんだもん!
誰の得にもならない言い訳を心の中で叫び返しながら、さらに背中が丸まっていく自分にびっくりする。ダメダメ、まずは背中をピンと伸ばさなきゃ。
見てくださいよ、このご婦人の切れ味の良さったら……!?
『サーベルふじん』
今夜は町のはずれのピザやでパーティーです。あらわれたのはサーベル夫人。夫のカエサルと友達のポーと一緒でもひと際目立つのは、その輝くサーベル頭。ドレスもとっても似合っています。
サーベル夫人はピザを上手に切り分けてパーティーは大盛り上がり。彼女は町の中でも人気者。ところがある日、「パキーン!!」なんと頭に大きなひびが。それ以来すっかりと元気をなくしてしまったサーベル夫人。周りのみんなは心配するのですが……。
頭はピーンと天に向かい、月の光を浴びて輝き、おまけに切れ味も抜群。
そしてなんだか……とっても気高くて素敵。いったい絵本の中で何が起きているのか理解が追い付かなかったとしても、その魅力にひきこまれていることは事実。元気をなくした彼女をなんとかしたいと、町の人たちの奮起を心から応援してしまうのです。
不思議で奇妙だけど楽しい、そしてどこか懐かしい。
そんな世界が待っています。
心の切り替えスイッチ
さ、時間がきた。この後は久々に人に会うのです。私は本を閉じ、スマホをしまい、マスクをつけ、背中をスッと伸ばして立ち上がる。ふふふん、私だってスイッチは隠しもってるんだもんね。
心配ご無用、気分はすっかりサーベル夫人で「おひさしぶりですね」。
姿勢のいいあの人の様にはなりきれないけれど、こんな風に気分で背中を伸ばすのだって悪くない。いつもいつもピンとしてたら、ぽっきり折れちゃうかもしれないし、ね。
磯崎 園子
「絵本ナビ」編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作・インタビューなどを行っている。大手書店の絵本担当という前職の経験と、自身の子育て経験を活かし、絵本ナビのサイト内だけではなく新聞・雑誌・インターネット等の各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。
著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)がある。
イラスト:掛川晶子
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