コロナ禍に新規オープンした店舗を訪ねる
写真はこの取材をした2021年3月、浜松から新大阪に向かう、帰路の新幹線車内です。コロナウイルスの感染拡大が収まらず「自粛生活」が続く中、思い切って訪問を決めたのは、2021年1月にオープンしたチョコレート専門店が浜松にあると知ったからです。人々が外出を控えているこの時期に「どうして?」疑問を抱いてしまうと、いても立ってもいておられず、とにかくお店に向かうことにしました。静岡県には新幹線の駅がいくつもありますが、繁華街の規模が際立つのは浜松では?という印象です。JR浜松駅のすぐ近く、居酒屋が軒を連ねる地域にオープンしたのが「ATELIER CHOCOLAT ENTRE(アトリエ ショコラ アントゥル)」。
JR浜松駅からまち歩きをスタート!
新幹線を降り立つと、目の前にそびえ立つ「アクトシティ浜松」。ホテルやホール、展示場などが並ぶ複合施設で、ちょうどこの日は卒業式の会場となっていたようで、振袖に袴姿の女子学生の姿が見られました。多岐にわたるニーズに応える施設が新幹線の駅前の一等地にあるなんて、羨ましい限りです。その施設から「5分ほどで到着」というGoogle情報を頼りに歩き始めると、こんなレトロで昭和な路地裏に……!
本当にこの路地の先にチョコレート専門店があるのか?と、ドキドキがオロオロに変わりつつ歩みを進めると、少し広い通りが見えました。Googleの案内が終了されてしまいキョロキョロと周りを見渡すと、目に飛び込んできたのがさっきの路地からは時代も国も何もかも同じとは思えないATELIER CHOCOLAT ENTRE(アトリエ ショコラ アントゥル)でした!
ATELIER CHOCOLAT ENTREのコンセプトとは?
半地下になっているお店の階段にはすでに行列が!しかも私が伺った13時頃にはすでに品切れの商品も。ホワイトデーの1週前ということで、男性のお客さまが車を横付けして購入されている姿も見受けられ、2人連れ3人連れの女性客が多く、まさしく「人気店あるある」をパーフェクトに満たしたお店であることが1分で理解できました。しかし、ここはいわゆる「飲み屋街」らしい、その名も「肴町」という地名を誇る場所。なぜここにチョコレート?と、この日対応してくださった齊藤さんにお聞きすると、意外な答えが返ってきました。
以前この場所は、ケータリングの店舗がありましたが、後に、まちの活性化を願う人々が「この地にスイーツ店を」という計画が立ち上がりました。その人々の意気込みが「最高級の材料で、ものづくりに長けた浜松の人々を納得させられるようなチョコレート専門店を出そう!」というコンセプトで一致したことから、この度の新規開店となったのだそう。「コロナ禍のこの時期に?」という疑問に対しては「今までこのエリアは浜松駅周辺で働く人たちがお酒を飲み食事を楽しむ場所でした。これからは今までこの地と縁が無かった人たちにも、是非このまちを知ってもらおう、という思いがあり、またコロナ禍でカフェ巡りや外食が厳しい中、おうちでスイーツを楽しんでもらうきっかけになればと願い、この時期にオープンしました」とのこと。なるほど、コロナ禍なのに、ではなく、コロナ禍だから!という目線には驚きました。テレビを見てもネットを見ても、コロナの不安でいっぱいのこの時期に、希望とチャンスを見出して新しいビジネスをスタートさせるとは……その前向きな思いに熱量を感じました。
ENTREとは「間」ーー人と人、まちと人、時代と時代……
店内(カフェコーナーのカウンター付近)から店の外を見ると、正面にお寺が見えます。こちらは曹洞宗の寺院である大安寺。調べてみると「寛文2年(1662)肴町町内有志の人達が、寺庵を建立したいと、時の浜松城主太田備中守に請願……」とありました。ん?町内有志の人たちが請願……なるほど!身近な人たちと密接なつながりを持ち、この地を大切にする心意気は、この町のスピリッツの本流と言えそうです。ENTRE(アントゥル)という単語は「間(あいだ)」という意味のフランス語ですが、この地域、そしてこのチョコレート専門店におけるENTREとは人と人との「縁」「つながり」を表しているようです。まちに住む人々が遠い昔にお寺を建立し、心の拠り所としたのと同様に、21世紀の人々もこの地に「縁」「つながり」を求めてATELIER CHOCOLAT ENTREを完成させました。
全て店内で1つ1つ、心を込めて……
スペシャリテである「ショコラサンド」のカカオ・アントゥルです。濃厚で滑らかな食感を味わうことができるガナッシュをサクサクと歯触りの良いクッキーでサンドしています。カカオのとろける味わいとクッキーの相性がとても良く「生チョコは甘すぎて……」と敬遠しがちな人にも満足してもらえるおいしさです。有名店によくある「押しの強いチョコレート」ではなく、あくまでも「特別チョコレートが大好きでなくてもおいしく食べられる」ギフトに最適なお菓子です。ショコラサンドは他に静岡産の抹茶の苦みと香りが楽しめる「抹茶」と、パッションフルーツの爽やかなアクセントが魅了の「ホワイトパッション」の合計3種展開。全ての商品は、店内工房で手作りされています。
作業をされているスタッフの方にお聞きしたところ「最高級クーベルチュールを使用し、世界的に活躍されている有名パティシエの監修のもと、オープンに向けて修行をしてまいりました。1つ1つ店内で手作りしています。」とのこと。続いては、ヘアキャップとマスクをつけて、工房の方へお邪魔させていただくことに……
こちらでは、ガトーショコラ抹茶の仕上げ作業が行われていました。一般的なガトーショコラとは少し趣が違い、チョコレートのテリーヌのような印象です。スムーズな口当たりで、ギリギリ固まっている!ような、まさしくとろける味わい。こちらもカカオ、抹茶の他にホワイトパッションの3種のラインナップ。私は独特の香りと華やかな酸味、カカオとの濃厚なコントラストが楽しめるホワイトパッションが特に印象に残りました。万人受けしそうなショコラサンドに対し、ガトーショコラは「チョコレート好きにはたまらない!」濃厚なおいしさが個性になっています。
現在と過去、そして未来をつなぐショコラティエ
徳川家康の時代から、浜松肴町は由緒ある食文化の発信地。今、21世紀を生きる人々が新たなアイデアを寄せ合って作り上げたATELIER CHOCOLAT ENTREの思いは、「人と人をつなぐ、そんな存在でありたい。」とのこと。スタッフの接客やチョコレート製造の様子を見ていると、ひとつひとつの受け答えや作業に、人と人とつなぐ「間(あいだ)」の存在になろうとする、穏やかであたたかな優しさを感じました。今後はカフェスペースの展開や新しい商品開発も積極的に進めたい、との意気込みをお聞きして、コロナ禍の閉塞感を打破してくれる存在になって欲しいと強く願いながら、帰路につきました。