「結婚すると、不自由になるよ」
まだ独身だった10数年前。ぼくは仕事先の先輩パパさんからも、先に結婚をした男友達からもそう言われ続けていた。
「独身で、好きに遊べるお前がうらやましいよ」
友人たちのそんな言葉にすこしの優越感を感じながら、夜は飲み会、休日は自由に遊びとひとりの時間を満喫していた。当時のぼくは「結婚は不自由なもの」という言葉を真に受け、まさにその通りと「結婚までの自由」を謳歌しようと必死だった。
そんなぼくも、30歳を前に結婚をすることになった。
「35歳くらいまでは自由に遊びたかったのに」なんてつまらないことを思ってはいたけど、結婚をするならこの人しかいないと言う思いがそんな気持ちを払拭してくれた。
ただ「結婚は人生の墓場だぜ」というぼくの中に蓄積されていた呪いは、ささやかな不安として胸の中に渦巻いていた。
その不安を打ち壊してくれたのは、他ならぬ妻だった。
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当時結婚と同時に、ぼくは起業を考えていた。ただ、起業してすぐに収入が安定するわけもない。起業なんて言葉尻はいいけど、裏を返せば無職とも言える。結婚と同時に無職になろうとする夫なんて、妻も困るだろうと思っていた。
だけど、起業についての相談をしたとき、妻はさも当然のように言い放ったのだ。
「やりたいなら、今の仕事はきっぱり辞めて起業に集中しなよ。生活はわたしの給料があるから大丈夫」
ぼくの中にあった「大黒柱バイアス(男が稼ぐ)」のせいで、「妻の収入で生きていく」という選択肢はちっとも思い浮かばなかった。だけど、彼女がそれを提案してくれたとき、そしてそれを自分が受け入れたとき、目の前に見たこともないほどの自由な世界が広がった気がした。
ふたりで助け合えたら、なんだってできるんじゃない?
そんな気持ちだった。そしてぼくはNPO法人tadaima!を起ち上げ、家事シェアを広める活動を始めた。
それから10年。
妻に東京にあるマイクロスクールを引き継がないかと言うオファーが来た。
当時。東京から娘のために教育移住した京都で、新しい小学校を一緒につくろうと活動していた真っ最中だった。そんな折のモデルとしていた小学校そのものを引き継がないかというオファー。
妻がまっさきに心配したのはともに学校づくりをしていた、ぼくのことだった。
でも、ぼくは迷うことなく伝えた。
「東京に戻ろう。こんないいチャンスを逃すことなんてないよ」
10年前。妻がぼくの起業を応援し、支えてくれたように。今度はぼくが妻の挑戦を支える番だ。
家のこと、家計のこと、娘のこと。心配しないで新しい環境に思いっきり立ち向かって来たらいい。
だって、ぼくたちは「自由になるため」に結婚をしたのだから。
振り返ってみて「結婚を自由にする」のに不可欠なことが3つあるとわかった。
ひとつは、時間の概念。
「結婚をすると時間は家族の共有財産になる」。ぼくが遅くまで仕事をしているとき、家では妻がワンオペで家事育児をしている。逆もしかり。つまり、お互いの自由はお互いの時間と常にトレード関係にある。この感覚をふたりがしっかりと持っていること。
ふたつめは、家事シェア。
家事シェアはただ家事を上手に分担するってだけじゃない。それは「支え合いを行動で示すこと」だし、「助け合えるという土台と信頼を作り上げること」に他ならない。
さいごは、お互いのキャリアについて。
パートナーのキャリア形成に、自分の役割が大きく影響しているとちゃんと認識すること。
キャリアと言っているけど、仕事に限らず「より自分が望む生き方」と拡大してもいいかもしれない。
パートナーであるということは、お互いを応援し合うことも、足を引っ張ることもできてしまう。
だから、キャリアについての話し合いや助け合いは欠かすことができない。
結婚をしたからといって「自由」になるわけじゃない。でも、お互いがより自由に羽ばたくための翼になれば、より遠くまで飛び立つことができる。
有名なアフリカの格言に「早くいくなら一人で進め。遠くに行くならみんなで進め」というものがある。
夫婦も同じだ。
長く生活をともにすることを前提に過ごすなら、ふたりで一緒に羽ばたくのだ。時間はかかるかもしれない、だけど見たことのない遠くまで羽ばたいていくことができる。
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