舞台は名古屋掖済会病院ER(救命救急センター)
ドキュメンタリーの舞台は名古屋掖済会(えきさいかい)病院ER(救命救急センター)。年間1万台の救急車を受け入れ、その数字は愛知県随一。カメラがここに潜入したのは2021年6月。折しも世はコロナが猛威を振るうパンデミックのさなか。
他の病院を断られた患者が押し寄せ、みるみるベッドが埋まる…そんなERに東海テレビのクルーが様々なタブーを振り切って迫る様子はまさに演出無しの現場のリアル。
どんぐり、指輪、耳垢
映画に登場するのは、脚に釘が刺さった人や自死を図って飛び降りた人、コロナ重症患者で1か月も意識の無い人、オーバードーズの女性…と、ここまではドラマで主演俳優が颯爽と現れて治療をするシーンを連想できそうな展開。しかし、搬送されてくるのは、そんな救急患者ばかりではない。
どんぐりが鼻の穴から取れずに泣き叫ぶ幼児、家族と一緒にやってきて「指輪が抜けない」「石が入ってるので、そこは切らないで」とオーダーするカップル、「耳の中に虫がいる」と泣くエキゾチックな娘とその母親(実は虫ではなく耳垢?!)、その上、雪の夜にはホームレスの男性が「おなかが痛い」と寒さをしのぐためにやってくる。「これが救急患者?!」と、正直なところ想像以上のカオスっぷりに頭が追い付かない。
「キャラ強めだな~」
足立拓朗監督に、よくこの時期にERに…と言うと「だからこそですよ」との返答が。当初はコロナによる医療崩壊が起こっていた時期。「今から取材に入れば、コロナから解き放たれるところまでを描けるかもしれない」との想定から、以前の取材より関係が続いていた北川喜己センター長(現院長)に密着を申し出た。
「どんぐりのお子さんと指輪の家族は、夜勤密着の同じ日に来られて『ひと晩で結構キャラ強めだな~』と(苦笑)。決してダイジェスト的に特に個性的な人を集めて映像に仕立てている訳ではなくて、誇張もなくて、本当に毎日あんな感じでしたね。
言っていいのか表現が難しいけど(と、隣の圡方プロデューサーをちらり)びっくりするような用件だったり、あらゆる理由で来る人がいて驚きました。」と、吐露する。
「ERを体現する」蜂矢医師
カメラは主に蜂矢康二医師を追っている。その理由を足立監督に聞いた。
「蜂矢さんは、特にERが大切にしなくちゃならない『治療だけじゃなく、患者さんの背景をよく見ること』を大切にしていて、発する言葉が力強い。それに、検査の数字だけじゃなくて患者さんと人としてしっかり向き合っているところも『ERを体現している存在』として、魅力的だなと。」
社会的問題を引き受けるER
そして、ちょっと遠い目をして、こう続けて笑った。
「とにかく病気だけじゃなくて社会問題を引き受けている、病院とか医者ということを超えたケアの仕方…いやぁ、とにかくカッコいいんです(笑)蜂矢さんって。」
ひとりひとりに寄り添う
開院当時の院長が残した「患者が救急だと思えば、救急だ。」という言葉は「断らない救急」という名古屋掖済会病院のモットーになって受け継がれている。1300人もの大所帯だが、ひとりひとりの患者と向き合い、常連のおばあちゃんにも「今日はどうしたの?ちょっと休んでいく?」と、毎回親切に対応する。反面「転倒した」とやってきた子どもを診るときは「ちょっといいかな?」と服をめくって身体や足など、あざが隠せそうな箇所を見てケガを発見する。優しそうなお母さんが寄り添っていても、そこは抜かりなく、ということ。
断らないER
パンデミックが続く時期「救急車が来ない」「なかなか受け入れ病院が決まらない」そんな報道を数多く目にしてきた。まさにその当時の映像がある。どんどん空床が減る中で鳴りやまない受け入れ要請コールに「何件断られましたか?」と問うスタッフ。「自分たちがやらなければ誰がやるんだ。」という強い覚悟の裏にも厳しい現実がある。
救急隊員の身になれば、必ず受けてくれる掖済会にすぐ連絡をしたい気持ちになるのは理解できる、しかし実際にはスタッフもベッドも限界。結局「何件断られましたか?」の回答が「10件以上」だったこの場面で掖済会は受け入れを許可する。足立監督は「『絶対に放ってはおけない。』という心意気を感じました。」と緊迫した場面を振り返る。
「理屈では割り切れない事実を知ってもらいたい」
最後に、圡方宏史プロデューサーに「この映画は救急医療の利用についての気づきを与える意図があるのか?」と問うと、「これを見てどう感じて欲しい、とかは敢えて考えていないです。」と即答。
「例えばニュースとして伝える場合は『困った患者さん』『モンスターペイシェント』として扱うこともあるかもしれないけれど、実際に現場に入ると『ああ、ここに来るしかなかったんだな』と、それぞれの事情も見えてくるし、大した症状でなくても居場所を病院に求める、というのは、誰にでも起こりえることなのかも、と思える。
それを『困った人、悪い人』と切り捨てる社会にはなってほしくない。弱い立場の人や困りごとのある人達の生活にも思いを馳せてもらえば…。
色んな人がいて、簡単に解決できない問題もあって…でも、そこを含めて社会の現実だということを知ってほしいです。理屈では割り切れないことがあるのが事実ですから。」
その鼓動に耳をあてよ
[東京]ポレポレ東中野、[大阪]第七 藝術劇場など全国公開中
音楽:和田貴史 音楽プロデューサー:岡田こずえ 撮影:村田敦崇
音声:栗栖睦巳 TK:清水雅子 音響効果:宿野祐 編集:髙見順
プロデューサー:阿武野勝彦 圡方宏史 監督:足立拓朗
製作・配給:東海テレビ放送 配給協力:東風 2023年|日本|95分|
(C)東海テレビ放送
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