お話を伺ったのは…川上アチカ監督
1978年、横浜生まれ。横浜市立大学卒業。初監督作、日系アメリカ人の強制収容経験を題材にした『Pilgrimage』で「キリンアートアワード2001」準優秀賞を受賞(※川上紀子名義)。以来、フリーの映像作家としてドキュメンタリー、音楽家とのコラボレーション、ウェブCM、映画メイキング等、幅広く制作。本作『絶唱浪曲ストーリー』は初の長編ドキュメンタリー映画となる。
映画を撮るために日芸のモグリの学生に!
ーー横浜市立大学のご卒業ですが、いつどんなきっかけで映画を?
アチカ監督:実は高校生の時に写真を学びたいと思って、日大芸術学部のことを調べたら1年の学費だけで200万ほどかかることが分かって…両親にも「芸術で食べて行けるはずが無い!」と止められたんです。ところが市立大学は、当時横浜市民の学生は年間30万ほどで「もしも親とケンカになってもバイトで何とかなるんじゃないかな。」と思って、ひとまずはここの学生になって、日大にモグりに行くことにしました。
ゲイバーでメイクを習ってヘアメイク兼スチール写真担当に!
ーーモグるって、どういうことですか?
アチカ監督:国際関係学科に在籍していましたが、どうしても芸術がやりたくて、日大芸術学部にツテを探したんです。映画学科で女優さんをしている人と繋がり、頼んで3年生の映画制作実習という現場にヘアメイク兼スチール写真ということで入れてもらったんですよ。
ーーヘアメイクの経験はあったと…
アチカ監督:いえ(笑)一切ないです。ドラァグクイーンの映画だったので、ゲイバーにメイクを教えてもらいに行って(笑)それが2年生の時。その時に初めて映画制作に触れました。
業が深い…ドキュメンタリー制作
ーー大学で作られた映画は?
アチカ監督:3、4年の時に日系アメリカ人の強制収容所についてのドキュメンタリーを撮りました。この時に収容体験を語ってもらったことで『想像以上に取材対象を傷つけてしまう』ということに気づいたんです。
ーー辛い記憶を話す、ということが…ですか?
アチカ監督:そうですね。自分の好奇心のために人を傷つけてまでして、ドキュメンタリーを作っているということに罪悪感を感じました。業が深い作業だな、と思い知りました。ストレスでドッと髪の毛が抜けてしまって、姉に子連れ狼の大五郎みたいな頭だって言われて(笑)「チャン」って呼ばれていたんですよ(笑)。
私は2度死んでるんです。
ーー髪の毛が抜け落ちるほどのストレスを…
アチカ監督:その時が1度目の死だとすれば、2014年にポルトガルで毒性の強い虫に刺されたことで帰国後に寝たきりになった経験があって、それが2度目の死ですね。全身にかゆみがあり、思考もまともに働かないような日々が続いて『どこかから飛び降りてしまいたい』衝動にかられることもありました。
病床での気づきと改名
ーー2度の「死」で、何かご自身の変化は?
アチカ監督:3か月寝たきりのような生活になったときに「屋根のある部屋でやわからなパジャマに身を包んでお布団の中で眠れている。」という幸せに気づいて…それまで「あそこに行きたい、あの人に会いたい」と色んなものを欲しがっていたけど「いや、私、全部持ってる。」って。
今まで意識していなかった家族の愛情や、ごく普通の当たり前の生活が宝物のように思えて…この気持ちを忘れないでおこうと名前を変えました。
貰った命なら、捧げればいい。
ーーアチカさんって素敵な名前です。
アチカ監督:モロッコに行ったとき、グナワミュージックという音楽を使って7色の神様を降ろす土着の宗教儀式を見たんです。少年たちが私に向かって「atiqa」と歌ってくれていて、あとで調べたら「古い宝物、慣習に囚われない」っていう意味で、いいなと思いました。2度死を意識するような経験をしたので、これ以降の時間は「もらった命」だなと思っていて…だったら、作品を通じて「捧げる」ことにしようと思いました。
8年間をかけて、200時間の撮影
ーー浪曲との出会いは偶然だったとか?
アチカ監督:そうです。映像作家ヴィンセント・ムーンさんの撮影のために「日本にある魂に響く音」を探し求めていた中のひとつとして出会いました。港家小柳(みなとやこりゅう)師匠の高座を見て、頭から離れなくなってしまって…。旅の浪曲師として40年生きてきた小柳師匠は、映像記録がほとんど残っていない方で。
物語に選ばれる
ーー浪曲はこの作品で初めて見ましたが、小柳師匠の役の演じ分けが素晴らしく、あっという間に何人もの登場人物がハッキリと頭に浮かびました。
アチカ監督:「この輝いた芸を失っていいの?指のスキマから砂が零れ落ちるように何もなくなってしまう…自分が撮らないと何も残らない。」そんな思いが頭から離れなくて、もう自分が逃げ切れないくらい追い詰められた気持ちになって「撮ろう」と覚悟を決めたんです。この状況が私が「物語に選ばれた」ということだと理解しています。
語り部として、ありのままを
ーー映画で伝えたかったことは?
アチカ監督:すでにもうそこにある師匠たちやお弟子さん、それを取り巻く人々の物語を一番伝わりやすいように…と心掛けました。浪曲の芸も勿論ですが、見てもらいたいのは、人と人の付き合い方、みんな迷惑をかけあって支え合っていくもんだよ、っていう人間模様ですね。
師弟関係への憧れと“淡い”境界線
ーー港家小柳師匠亡きあと、御年100歳の現役曲師玉川祐子師匠が、小柳師匠の2番弟子の小そめさんを迎えられたわけですが、映画制作を他大学からモグって学んだアチカ監督としては、その師弟関係への憧れはありますか?
アチカ監督:それはもう随分あって、本当に羨ましい(笑)。浪曲界全体、他の師匠たちやそれらの後援会の人たちまでもが小そめさんに温かくて、優しくて…師匠を失った弟子の披露のために尽力するっていう場面では「人と人との境界線が淡くて素敵だな。」と思いました。
子どもの頃は近所のおばあちゃんが、庭先からこんにちは!なんていうこともあったりして、他人や余所のお家との心の上での境界線って今よりも淡かったじゃないですか?そういう心の近さを見ているのがうれしくて。
「ぬくもり」に泣ける映画
2度試写を拝見して、2度ともオイオイと泣いてしまいました。あたたかな人情が沁みる作品です。
ナレーションもテロップもない、音楽もほぼ流れない映像だけのリアルな世界に没入できる111分。特にグッと来たのが、御年100歳の玉川祐子師匠の大正生まれのロックスピリッツ溢れる三味線と掛け声。嫌なことを忘れることができそうな「ハッ!ヨッ!」を是非たっぷり!と。
絶唱浪曲ストーリー
7月1日(土)~東京ユーロスペース他 全国順次公開
出演:港家小そめ 港家小柳 玉川祐子 沢村豊子 港家小ゆき 猫のあんちゃん 玉川奈々福 玉川太福 ほか
監督・撮影・編集:川上アチカ
プロデューサー:赤松立太 川上アチカ 土田守洋
アソシエイトプロデューサー:秦岳志 藤岡朝子 矢田部吉彦 編集:秦岳志
整音:川上拓也
カラリスト:西田賢幸
本編タイトル:大原大次郎
写真撮影:五十嵐一晴
協力:木馬亭 (一社)日本浪曲協会
配給:東風
文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
2023年/日本/111 min/DCP/ドキュメンタリー/英題:With Each Passing Breath
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