新たな命を吹き込む「金継ぎ」を体験して
本格的な夏の前、あじさいのきれいな季節になりました。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
毎月saita「#イマココ」で私の気持ちを綴らせていただきましたが、今回で最終回となります。
文章を通して皆さんとつながれた時間は、私にとって本当に特別なものでした。
毎月読んでくださった方、温かく見守ってくださった方、本当にありがとうございました。
少し寂しい気持ちもありますが、終わりはきっと新しい始まりでもあるのだと思っています。
またどこかで違う形でお会いできる日を楽しみにしています。
さて、そんな連載最後に綴りたいのは先日体験した「金継ぎ」のお話です。
金継ぎとは、割れたり欠けたりしてしまった器を漆と金粉などを使って修復する日本古来の伝統的な技法のことです。
以前から興味はありましたが、なかなか体験する機会がありませんでした。
でも先日、初めて金継ぎを体験することができました。
私が金継ぎに選んだ器は、母の形見の湯呑み茶碗。
飲み口の部分がほんの少し欠けてしまっていて、これ以上欠けてしまったら嫌だなという気持ちがあり、なかなか普段使いができずにいた大切なものです。母自身もとても大切にしていた湯呑みだったので、金継ぎで新たに命を吹き込めたような気がしてなんとも言えない感慨深い時間となりました。
金継ぎにはいろいろな歴史や背景があるそうですが、実際に体験してみて驚いたのは、“漆”という存在でした。まずは漆を塗る作業から始まるのですが、その漆は湿度や気温、空調、天候などにとても左右されるそうで、乾き方ひとつにも繊細な環境が必要なのだそう。さらに、漆には酵素などの成分も含まれていると聞き、「漆そのものが生き物なんだな」と感じました。
私は昔から植物や自然が好きなのですが、自然のものには人の思い通りにならない部分があるからこそ、美しいのかもしれないと再確認できました。
壊れたから終わりではない、傷跡を受け入れるという考え方
漆を塗った後はその上に金箔をまぶしていく工程へ進みます。
これがまたとても繊細でした。金は想像以上に柔らかく、粒子も本当に細かいので、その瞬間は自然と無言になり、全集中でした。
欠けた部分にそっと金を重ねていく作業はどこか心を整えていくような感覚もあり、とても興味深く、そして不思議と癒やされる時間でもありました。
壊れてしまった部分を“なかったこと”にするのではなく、その傷跡を受け入れながら、新しい美しさとして残していく――。
その考え方は、日本の伝統文化の美しさそのものなのかもしれないなと思いました。
現代は情報も物もあふれている時代です。
便利になった分、私たちはつい次々と新しいものへ目を向けたり、情報の速さについていかねばと焦ってしまったりします。
しかし、本来はもっと一つのものを大切にしたり、人を思いやったり、愛しい人たちと過ごす時間を丁寧に重ねるという感覚が根底にあると思います。
私自身もこれからの人生の中で、物を大切にすること、人との時間を慈しむこと、そして自分自身の心を育てていくことをもっと大事にしていきたいと思いました。
“イマココ”の大切さを再確認できた日々に感謝
未来は予測できないからこそ面白いものですが、年齢を重ねると新しいことに挑戦するのが少し怖くなったり、億劫になったりする瞬間もあります。でも、先の不安ばかりを見つめるよりも、今この瞬間“イマココ”を大切に生きること。それが今の私にとってとても大切なことだと感じています。
この文章を読んでくださっている皆さんが今この時間で「少しでもほっとした」、「何かを考えるきっかけになった」と思ってくれたらうれしいです。
これまでの連載期間、本当にありがとうございました。
こうして自分の言葉を綴れる場所を作ってくださったこと、そして読んでくださるみなさんがいてくださったことに、心から感謝しています。
またどこかで、お会いしましょう。
それまでどうぞお元気でいてくださいね。
市井紗耶香



