バカにする言葉を家族に向けるなんて
「妻が俺と同じだけ稼げるんだったら、俺が専業主夫になりたいんだけどなぁ」
この言葉にはまず「俺と同じだけ稼げるわけがない」ってマウンティングと、「専業主婦なんて家でダラダラして、ちょっと家事してりゃいいだけで良いご身分ですね」って言う”さげすみ”の気持ちがみっちり含まれてますよね??
「ありがたいと思ってるよ」「尊敬の気持ちあるよ」ってどれだけ言ったって、そうした気持ちがある人の言葉とは到底思えません。 僕の知り合いには「本当に専業主夫になりたくてがんばったパパ」がたくさんいます。 事情や動機はそれぞれですが、彼らは専業主夫という役割に尊敬の気持ちと、何より誇りを持っていました。 職場と交渉し、妻と何度も話し合い、お互いの人生を支え合うための決断のひとつとして、専業主夫という道を選んだ人たちです。 そうしたパパたちを知っているからこそ、こうした言葉に対する抵抗感を強く感じます。
SNSでこっそりリプするだけでなく、現実に自分の妻に向けてそう言い放つパパもいるというから驚きます。
どんな役割にもリスペクトの気持ちが必要
家族がチームのように協力し合うには、それぞれの役割に対してのリスペクトの気持ちが欠かせません。 それは、働いてお金を稼ぐことに対してもそうだし、掃除をしたり、ご飯をつくったり、家計の管理をしたり、もちろん子どもを育てることに対してもです。
どっちが大変で、どっちが楽で、なんて比較には何一つ意味なんてないんです。
どれも、家族が共に暮らしていく上で欠かせない役割たちです。 その役割を「稼ぐ人」「家事育児やる人」と、線を引く価値観は、いまの時代にはそぐいません。
Well-Workという考え方
家事シェアを伝えるときに、Well-Workという考え方をよく伝えています。 これは「働くことも、暮らすことも、どちらも自分を豊かにするための大切な仕事である」という、僕が勝手に提唱している言葉です。
仕事に生きがいを感じる人がいるように、家事だってその一つ一つがただ面倒な作業ばかりってことではありません。
部屋を整えたあとに気持ちよく感じる瞬間がある。
夕飯をつくって、食べて、家族が笑顔になる時間がある。
面倒な家事を終えた後に「今日もがんばったな」と思えるし、「これで明日もまた気持ちよく暮らせる」という安心感だって感じるはずです。
丁寧な暮らしである必要もないし、映える生活でなくてもいい。
それでも、働くことと暮らすことのバランスが自分にとってちょうどよい状態になると、毎日が心地よく感じられるようになります。 もちろん、バランスが崩れることなんていくらでもあるんですけど。
それでも、家事をすることを「嫌な時間」「誰かがやればいいこと」なんて思わないだけで、心持ちは変わってきます。
「専業主フは楽」「働く方が大変」そんな風に、家庭内で「どっちが大変か」なんて比較や争いをするのは、意味がありません。
それぞれの仕事には、それぞれの役割がある。お金を稼ぐ仕事もあれば、家を整える仕事もあるんです。家族が幸せであるために、お互いに対してのリスペクトだけは、忘れないでいたいですね!



