インターネットの経験談は非典型な例ばかり
――乳がんになると、「おっぱいがなくなる」というイメージを持つ人も少なくありません。乳がんになった場合、どのくらいの確立で全摘をしなくてはいけないのでしょうか。
当院では全摘と乳房温存は半々です。部分切除ができなければ全摘しますが、最近は全摘を希望する方が増えてきています。中には5mmで乳がんが見つかっても全摘を希望される方もいます。
その理由として、30代で乳がんになるということは80歳まで生きるとして残り50年あるので、部分切除するとまた乳がんになる可能性が残るのがイヤだというもの。アメリカでは、40歳前後で乳がんが見つかると両側全摘をする場合が多いそうです。片方を部分切除するよりは、両側全摘でインプラントをいれたほうが、バランスがいいという理由で両側全摘をするようです。整形への考え方の違いもあると思いますが、日本ではそういう方はほとんどいません。
――あえて全摘を希望する方がいるのですね。これまでなんとなく抱いていた治療のイメージとはずいぶん違っていました。どうしてもインターネットで読んだもの、見たものから影響を受けがちなのですが、実際に先生のお話を聞くと全然違うのですね。
そうです。全摘をすれば乳房は残らないので、局所再発や新しいがんは防げます。
みなさん受診される前や、がんと診断が出た後も、いろいろな情報をチェックしていらっしゃいます。しかし僕は患者さんには、「インターネットの経験談は見ないでください」と伝えています。がんになった不安から、どうしてもネガティブな話にひっぱられる。インターネットで目に付く情報は、がんが治った人のものよりも不幸な話や、非典型例ばかりなのです。100人に1人くらいにしか起きないことを見て不安になっている方が多いのですが、それよりは実際に担当医の話をしっかり聞いて、治療に向き合っていただいたほうが良いのです。
――何でも調べられる時代ですが、検索して出てきた情報が正しいかどうかの判断はその人に委ねられているのが現状ですもんね……。間違った情報にまどわされないためにはどうしたらいいのでしょうか。
乳がんになったら、ある程度乳がんの治療を行っている病院を選ぶことです。そして、中には特別な治療をしてほしいという気持ちになる患者さんもいらっしゃるのですが、特別な治療というのはないのです。保険で認められている標準治療が一番いい治療、ベストな治療だと考えていただければと思います。
病院は感染症予防対策をしっかりしています。感染症を怖がらず、必ず検診を
――がんと診断されたら、ショックのあまり何か支えになるものを見つけたいという気持ちになるのでしょうね。信頼できる先生に出会って標準治療をすることがベスト。しっかり覚えておきたいと思います。乳がんとわかった患者さんたちには、どのようなメンタルケアをされているのでしょうか。
乳がんに限らずですが、がんと診断されたらメンタルが揺らぐことは当然です。その結果、不眠や鬱などの症状が出る人もいらっしゃいます。日本では、近年「補完代替医療」と言って、がん治療と通常医療以外の補完代替医療を組み合わせて、心身共にケアしていくという取り組みがあります。
がんサバイバーと呼ばれる人たちの社会復帰を早くするために、また鬱のような落ち込んだ状態から回復するために、エクササイズや体重コントロールの面からもケアをしています。
「がんサバイバーのための運動ガイドライン」には、1日30分週5回以上の運動というものが推奨されています。当院では、がんサバイバー向けのヨガ教室を病院で行っていました。今は感染症対策でオンラインクラスを実施中です。このような取り組みが、がんサバイバーの方々の早期の社会復帰の助けになります。
実は、がんは治っているのに病気の人は結構いるのです。再発の不安から鬱になったり、家から出られなくなったり……。そういった方には、ヨガなどを勧めています。
――新倉先生のお話を聞き、乳がんは恐れる病気ではないということ、また定期的な検診やセルフチェックが大事であることがよくわかりました。今年も乳がん検診啓発月間を迎えていますが、やはり今年は、新型コロナウイルスの影響で検診を受ける方は減っているのでしょうか?
そうですね。検診施設は大きな影響を受けています。うちの病院でも、前年比で乳がんの手術件数が約20%減っているのです。感染症で乳がんに罹患する方が減ることは考えづらいので、検診を受けることで見つかっていたものが、感染症を恐れて検診を受けないことで見つけられていないという方も中にはいるでしょう。見つけられるはずのがんが見つかっていない現状はこの先が恐ろしいなと感じています。
どの施設も病院も、感染症予防対策はしっかりしているので、今年が2年に1度の検診年に当たる方は、ぜひこの機会に検診を受けてください。そして、それ以外の方も、月に一度のセルフチェックを習慣化することで、早期発見につながることを覚えておいてください。
編集部メンバーの一人は、新倉先生のお話を聞いた1週間ほど後に乳がん検診を受けました。「もし乳がんが見つかったら怖い」ではなく、「定期的に検診をすることで安心したい」、「もし、乳がんが見つかった場合はできるだけ早く適した治療を開始したい」。当たり前に思えることが、実は意外と当たり前でなかったということに気づけたお話でした。
乳がんが見つかりやすいとされる世代は、「これから人生が楽しくなる」世代でもあります。乳がんが見つかったとしても早く治せば、早く社会復帰ができる。それも、今の生活をほぼ変えることなく治療に臨めるというのは、とても心強いお話でした。
この記事を機に乳がん検診を受ける方が増えると嬉しいです。そして、セルフチェックの習慣化につながるといいなと願います。
参考:
※国立がん研究センター|最新がん統計「4.生存率」
教えてくださったのは……新倉直樹(にいくらなおき)先生
東海大学医学部 乳腺・内分泌外科学 教授
医学博士、外科専門医、乳腺専門医、がん薬物療法専門医
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