何かと“将来のために”と言っていませんか?子どもが「未来」ではなく「今」に集中して生きることの意味。

家族・人間関係

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 子どもが「未来」ではなく「今」に集中して生きることの意味。

2023.01.29

「今を生きる」最近よく耳にする言葉だなと思います。 今を犠牲にして、不確定な未来のために生きるのではなく。「今」この瞬間に集中しなさい、という教え。 古くは仏教でも「前後際断(ぜんごさいだん)」という言葉があります。 これは「過去と未来は断ち切られているもの。つまり過去は変えられず、未来はどうなるかわからない。今を生きなさい」という意味。 また、多くの哲学者たちも同じように「今を生きる」ことこそ幸せに生きることだ、と言っています。 ぼくは、自分の子ども時代を振り返ったり、娘やたくさんの子ども達を見ていてふと思います。 「この子達は、『今』を生きているかな?」と。

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辛かった子ども時代は、常に「未来」を生きていた

僕は、小学生の頃ずっといじめを受けていました。
学校に行くのが嫌で、でも他には居場所もなくて、とても辛い時期でした。

布団で寝る子ども出典:stock.adobe.com

今になって思うのです。
夜布団で眠りに着く頃から、どんどん胸が苦しくなる。明日が不安で不安でしかたがない。
翌朝は頭やお腹が痛くなるくらい不安でいっぱい。
そして、家を出て学校へ向かう道。校門が近づくほどに不安は恐怖へと移り変わって行きます。
そして教室の前に立ったとき。その扉を開ける瞬間は、もう頭が真っ白になります。
「扉を開けた瞬間、自分には不幸が訪れる」その思いが強くなるんです。

僕の不安はそこがピークです。そして、先生が「好きな人同士で集まって」と言ったとき。「〇〇君、みんなにプリント配って」と言ったとき(僕にはプリントが回ってこない)。未来への不安が一気に押し寄せるのです。

渦中にいるよりも、「こうなるかもしれない」そう想像している時間こそが、本当に苦しかったのです。

そこから成長した中学、高校時代。
受験に向かっていく中で、僕も、そして友人達も葛藤していました。
「こんなに塾行って、勉強して、なんの意味があるのかな?」と。

「いい大学に行くためだろ?」「何のために?」「就職のため」

このやり取りは、ますます僕たちを不安にさせたのです。なぜなら「〇〇のため」という強制力は、僕たちを永遠に不安から解消してくれそうにはなかったから。
「就職のため」「会社のため」「売上のため」「家族のため」…「幸せのため」。
僕たちは、いったい「いつ」幸せを享受できるんだろう。

今を全力疾走する子どもの姿

いま、小学2年生の娘がいます。
彼女が通うスクールの子どもたちは、娘も含めて本当に楽しそうに日々を過ごす子が多いのです。
子どもたちは「学び」そのものを楽しむことを教えられているから。

将来のために学ぶ、と言うよりは自分の中に芽生えた「モヤモヤ」を追求していって知識がどんどん広がっていく。
それらは当然、将来のためになるのです。

子どもたちの姿は、「今を生きることは、確実に未来へと繋がっていく」と思わせてくれます。
ただ、その未来がどんなものかは分かりません。

鉄道にハマっていた子が、鉄道会社に就職するとは限らないし。
野球を全力で頑張っていた子がみんな野球選手になるわけでもない。

野球をする子ども出典:stock.adobe.com

でも、今自分の興味あることに夢中になって生きてきた子は、その経験からたくさんのことを得ています。
何より、自分の中に芽生えた好奇心の火種を燃やし続ける術を身につけることができる。

その力が、将来役に立たないわけがありません。

こうした子どもたちの活き活きした姿は、いつも未来を生きていた僕をとても励ましてくれました。
「幸せは、いつか受け取るんじゃない。今、この瞬間に受け取り続けないとダメじゃないか」

一日を満喫して、疲れ切って眠る娘の姿を見ながら、何度そう思ったことでしょうか。

大人も子どもも、今を生きよう

今を生きるべきなのは、子どもだけでしょうか。
いや、僕は自分自身も、娘のように「今」を全力で楽しみたいと思いました。

趣味にハマる子ども出典:stock.adobe.com

それは、自堕落にこの瞬間をダラダラと過ごすことではありません。
今知りたいこと、やりたいことを、いつかのために取っておくのではなく。
好奇心の火種があるうちに、手を付けること。

ただ、好奇心の火って実は簡単に消えてしまいます。結果が出なければ嫌になるし、時間が立てばそれだけでどうでもよくなったりもします。
だから、小さな燃料投下を怠らないようにします。
それこそ、いつかのためにと考えていたら間に合いません。
どんどん動いて、楽しむ。まるで子供のように。それこそが、今受け取れる幸せの享受だと思いました。子どもにも、今を生きる習慣を失ってほしくありません。
そのためには、僕たち親が子どもを「未来」だけに生きさせてはいけないなと思うのです。

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