子どもは不安なことがいっぱいある
娘がまだ幼稚園に通っていたころ。ときどき幼稚園に行くのがいやで朝泣いてしまうことがありました。
小さいなりに行かなくちゃいけないってわかってはいるけど、何だか気が乗らない。自分の思っていることや感情をうまく言葉にすることができないから、親としては幼稚園でなにかあったのかな、と心配にもなります。
「なにかあったの?」と聞けば、子どもなりに何かを答えるけど、どうもそれが理由ではなさそう。きっと親と離れ離れになるのがさみしいんだろうし、ちょっと疲れ気味だったりして幼稚園で元気よく遊ぶ気分でもないのでしょう。
でも、幼稚園を休んじゃうことも少し不安。風邪でもないのに休んじゃったら、先生から怒られるんじゃないかとか、友達に心配されちゃうんじゃないかとか、頭の中がぐるぐるしていました。
子どもにとっては多くのことがはじめての体験です。滑り台をすべるのだって、プールに入るのだって、幼稚園や保育園に預けられるのだって何もかもがはじめてです。たとえ経験済みのことであっても、その中にも先の予測がたたないことがたくさんある。だから不安なことや怖いことだらけ。
親に「楽しいよ」と言われたって怖いし、「大丈夫だよ」と言われたって不安。「おいしいよ」と言われても疑ってかかるし、「失敗しても大丈夫だよ」と言われたって失敗したらどうなるかわからない。
親の失敗談は子どもに響く
僕は娘が「幼稚園に行きたくない」と泣いていた朝。僕も子どものころ、幼稚園に行きたくなかった話をしました。
「パパも小さいころ、幼稚園に行くのが嫌で泣いてたことがあったよ」
「パパも泣いてたの?」
「泣きまくってたよ。パパはバスで幼稚園に行ってたんだけど、そのバスに乗りたくなくてずっと、ばあばにしがみついて離さなかったことがあるよ」
「それじゃ、ばあばはお仕事できなくて困ったんじゃない?」
「そうだね、たぶん困ってたんだと思うな」
その話をしたあと、娘は「なんだ、パパもいっしょか」と自分の中でなにか納得したようでした。
そして「わたし、やっぱり幼稚園行く!」と言い出したのです。
子どもに「休んでもいいよ」「失敗してもいいよ」と言うことは簡単です。
「幼稚園に行ってくれないと困るんだよ」と説得するのだって、簡単かもしれません。
ただそう言っても、きっと子どもはそれだけじゃ気づくことが少ないのです。休んだり、失敗したりしたらどうなるかというロジックなんて聞いたってちっとも心に響きません。それよりも休んだり失敗したりした人のストーリーの方が、自分で考えたり気づいたりするきっかけになるのです。
これって、夜の危険を丁寧に説明するよりも、おばけのお話の方が何倍も効き目があるのと同じことだと思うのです。
だから僕は、自分の失敗談を娘にはたくさんしています。
仕事に行きたくないことがある話も。叱られちゃったことがある話も。自分でサボって後悔した話も。娘が怖かったり、失敗したり、不安になったりすると、その話を聞きながら「パパもむかしさ」と失敗談を披露します。
そして「失敗しても大丈夫だよ」と伝えます。
「パパも失敗したけど、大丈夫だったよ」と。
失敗から学べることはたくさんあります。挑戦してみてうまく行くことだってもちろんある。
結果はともかく、挑戦するというプロセスこそが子どもにとって大きな学びになるし、価値でもあるのです。
だからこそ、そのことを僕は、ロジックで説明するのではなくて、自分の失敗談(成功談だってありますよ!)を通したストーリーで伝えるようにしています。
幼稚園に行くと決めた娘が言った。
「わたしもがんばって幼稚園行くから、パパもがんばってお仕事行ってきてね!」
いまでも、この言葉が忘れられません。