失敗をたくさんするから、対策できるようになる
ある朝。娘が「体育館シューズがない!」と大騒ぎ。 わが家では持って帰ってきた荷物も、シューズも子どもが自分で管理をするようにしています。 冬休み中に、自分で洗ったのは確かなんだけど、その後スクールに持っていったのか、家に置きっぱなしだったのか、わからなくなってしまったのです。
「なんで前日に用意しておかなかったの?」 「しまう場所を決めておかなかったの?」
「なんで」「どうして」という言葉を子どもにぶつけることは簡単です。 だけど、そんなことは当の本人が誰よりも痛いほどわかってる。そこに親が追い打ちをかける必要はありません。
家を出る時間も差し迫ってきてる。 ママはもう家を出てるし、僕も洗い物をしていて忙しい。いちおう、ざっと思い当たるところを探してあげるけもシューズは見当たらない。
こうなったら、娘は自分で対策をするしかありません。 僕が娘を責めることもありませんが、見つかるまで探してあげることもない。
「どうするか考えな」
とだけ伝えて、あとは見守るだけです。
何も対策できずに忘れていって先生に怒られるかもしれないし。 誰か友達から借りてその場を凌ぐかもしれない。
少し前までの娘だったら、自分の失敗に対してテンパってしまい、泣くしかできませんでした。
ですが、「パパ、ちょっと雑巾貸して」と言って、雑巾で靴の裏を拭き始めたのです。 「この靴は新しくてキレイだから、拭いたら体育館で使える」と判断したようでした。
「めっちゃキレイになった!!!これでいいか先生に聞いてみる」
と言いながら、さっそうと家を出る娘を見て対策する力が、少しずつ育まれているのを感じました。
失敗を見守る
この連載の中でも、何度も「子どもを失敗させることの大切さ」を書いてきましたが、子どもにとって失敗体験は成長に欠かせないことだと思っているからです。
それは、以前スクールの先生が保護者会で言っていた「子どもが忘れ物をしても、届けに来ないで下さい」という言葉。 この言葉にとても強く共感をしたから。
「忘れ物をする、失敗する、というのは、子どもにとって大切な学びです」
こう言ってくれるスクールの元でなら安心して失敗させてあげられる。 そして、親としてわが家も「失敗できる環境」を整えていこうと思いました。
僕は、親の心配とは「子どものことが心配」+「親自身の心配」でできてると思っています。 つまり半分くらいは子どものことじゃなくて、自分自身の心配や不安が上乗せされている。
たとえば、子どもが忘れ物をしたら「子どもが授業で困るんじゃないか」という子どもへの心配と、「親の管理ができてないと思われないか」「なんでちゃんとさせてあげられないんだろう(罪悪感)」「朝の忙しい時間なのに、探してあげなくちゃ(忙しさと責任感)」など、子どものことというよりも、それが原因で自分自身に対してのイライラが芽生えてしまう。
それを全部子どもにぶつけてしまうのは、失敗をしてテンパっている子どもに対して重たすぎる。 さらに、親が「あれ持った?」「これは?」と全部準備を手伝ってあげてれば、忘れ物をして怒られたり、気まずい思いをする経験もほとんどせず、その場合にどうすればいいか、そうならないためにどうすればいいか、を真剣に自分事として考えることもあまりないでしょう。
親がどこまで手伝って、どこから失敗させるかは、その子を見て判断するしかありません。 ですが、子どものうちの失敗は、子どもが恐れるほど、人生に影響するような大事にはならないのです。これが大人になってからだと、取り返しのつかない失敗も出てくるでしょう。 そう考えると、子ども時代の失敗というのは、なんともコスパがいい。低リスク高リターン。
失敗が多いほど、子どもは成長する
体育館シューズの件も、どうなるかはわかりません。 先生に「それじゃダメ」と言われるかもしれないし、「いいよ」と言われるかもしれない。
じつは学校に置きっぱなしで、見つけて事なきを得るかもしれません。
大切なのは、結果じゃなくて、子ども自身がどう「失敗と向き合ったか」です。 失敗しても、そこから逃げずに立ち向かう経験が多ければ、向き合い方を身に着けていきます。
失敗は、成長のために欠かせない。 子どもは失敗に立ち向かう力がある。
そう信じて、子どもの失敗を見守っていきましょう。



