家事には、目に見えない仕事がある
「今日、何の家事をしましたか?」と聞かれたら、たいていの人はこう答えるでしょう。
- 料理
- 洗濯
- 掃除
- 買い物
でも、実際の1日を振り返ってみると、こんなことも「やっている」はずです。
- 夫が疲れてそうだから、今日は夕食を早めに出そうと気を利かせた
- 子どもが学校で落ち込んでいる様子だったから、声かけのタイミングを探していた
- 義母から連絡が来て、どう返せばお互いが気持ちよく過ごせるか考えた
- 夫が機嫌が悪いとき、家の空気が悪くならないよう、ひとりで場を温めた
これ、全部「家事」です。
でも、「今日やった家事」として挙げる人はほとんどいません。
家事は3層構造になっている

じつは家事は機械的に「やること」だけがあるわけじゃありません。 料理や掃除など、こうした「体を使う家事」はあくまでも表に見えているだけの部分。
ですがこの奥には「頭を使う家事」「心を使う家事」が潜んでいます。
段取りを組んだり、在庫を管理したり、布団交換のタイミングを見計らったり。
こうした考える家事のことを僕は「頭を使う家事」と呼んでいます。
でも、まだそれだけじゃありません。 そのもっと奥には「心を使う家事」があるんです。
これが「心の家事」
海外では「Emotional Labor(エモーショナルレイバー)」、日本語では「感情労働」と呼ばれることもある概念です。
家族の感情を察して、気遣って、場の空気を整えて、誰かの機嫌を損ねないように調整して。そうした目に見えない心の動きも、れっきとした「家事」のひとつです。
料理や掃除はやってもやっても「まだある」感じがありますが、この心の家事はそれに輪をかけて終わりがありません。しかも、やっていても誰かが「ありがとう」と言ってくれることは、ほとんどない。
だって、誰も気づいていないのですから。
なぜ「心の家事」はママに集中しがちなのか
「心の家事、うちは夫もよく気を使ってくれるよ」という家庭もあるかもしれません。 でも、多くのご家庭の話を聞いていると、この「心の家事」を担っているのは、ほとんどの場合ママのほうです。
なぜでしょうか?
ひとつには「気づいてしまうから」という理由があります。
子どもの表情の変化、家の空気の微妙なトーン、パートナーの声のトーンの違い。こうしたものに敏感に気づく人ほど、心の家事を多く担うようになります。
そして、「気づいたら動かずにはいられない」という責任感の強さもあります。
気づかないふりができない。 だから、疲れていても、誰かのために心を使い続けてしまう。
誰も見てくれないから、しんどい
心の家事がつらいのは、量が多いからだけではありません。
「誰にも見えていない」ことが、ジワジワと消耗させていくのです。
料理なら「おいしい」と言ってもらえる可能性があります。洗濯物をたたんだら「ありがとう」と言ってもらえるかもしれません。 でも「今日、夫が疲れてそうだったから余計なことを言わないようにした」という気遣いに、気づいてもらえることはほぼありません。
自分が何かを我慢したとき、頑張ったとき、誰かのために心を動かしたとき、それが誰にも見えていないとしたら、どんなに強い人でも、少しずつ消耗していきます。
まず、自分が「認める」こと
心の家事は相手にも求めにくいし、口で言ってもなかなか伝わりにくいです。 どれだけしつこく言っても、自分と同じだけの心遣いを相手がしてくれるようになるとは限りません。
だからまずは、心の家事を誰かに認めてもらう前に、自分自身が「今日もよく頑張った」と認めること。
「こんなの、大したことじゃないし」と流してしまいがちですが、あなたが今日使った心の力は、本物の労力です。
誰かのために気遣いをして、場を整えて、感情を調整して、そうやって家族の時間を守っているのは、間違いなくあなたです。
まずは自分で「今日もよくやった」と、ひとこと言ってあげてください。 そこから始めることが、家の中の空気をじわじわと変えていく第一歩になります。
では、また。




