
第228回 多賀麻希(76)欲張りましょうプロなんですから
「スカート部分がたくさんのポケットでできています。ここにハーブを挿して、ドレスを完成させます」
ドレスのイメージ図を見せながら「ハーブ待ちのハーブドレス」のアイデアを説明すると、マイさんはすぐに趣旨を理解し、食いついた。
麻希の予想通りに、期待以上に。
「スクールの生徒さんたちが中心の会なので、皆さんにハーブを挿してもらえますね。参加型、大歓迎です。フォトスポットにもなりますね。それにしても、あのディレクションから、よくこのデザインが出て来ましたね。どこから飛んで来たんですか?」
「棺」からの連想ゲームでと言うと話が長くなりそうなので、
「納品して終わりではなく、始まりになるドレスにしたいと思ったんです」
と答えると、マイさんはさらに大きくうなずいた。
「ポケットが窓になっているのがいいですね。開かれたドレス。今回のドレスに求めていたのは、まさにそこでした」
そこまで考えていたわけではなかった麻希は、そんなに深い意味を込められるのかとマイさんの解釈に感心する。
「ポケットのアイデアは小学校の図書室のウォールポケットがヒントです。ポケットが透明になっていて、絵本の表紙が見えるようになっていて」

「マキマキさん、小学校に行くことあるんですか?」
「スーパーマルフルの佐藤さんに声をかけてもらって、読み聞かせボランティアに行ってるんです」
「そうなんですね。図書室も種を蒔く場所ですから、ハーブと相性いいです」
佐藤千佳子に半ば強引に巻き込まれた形だが、こうして仕事につながると、本読み隊に参加して良かったと思う。
喜ぶのはまだ早い。マイさんは「ハーブ待ちのハーブドレス」に乗ってくれているが、お買い上げにはなっていない。
「ハーブで寄せ書きしてもらってドレスを完成させる。いえ、寄せ書きじゃなくて寄せ植えですね」
寄せ植え。確かにと麻希は思う。
「寄せ書きは書いたら消せないですが、寄せ植えなら、植え替え可能ですね」
植え替え。その発想はなかった。
「いえ、寄せ植えじゃなくてブーケですね。ドレスに植えつけるわけじゃなくて、ドレスがブーケになる。私がブーケになる。一期一会の生ハーブブーケドレス」
「生ハーブブーケドレス」とマイさんが名づけた。
これはもうゴーサインが出たと言っていいのではないだろうか。
「その上で、なんですけど。欲張っていいですか?」
マイさんは何かリクエストがある様子だ。一回のプレゼンですんなり通してもらえるほど甘くはないらしい。
「生ハーブブーケドレス、お祝いの会の一度きりなんてもったいないです。私のハーブイベントの顔にしたいです。その場合、何が課題になりますか?」

「そうですね。繰り返し着用されるのでしたら、洗濯しやすく耐久性のある素材にしたほうが良いかと」
麻希がドレスのイメージ図を見て答えると、マイさんが言った。
「ポケットだけを洗えるように取り外せるようにするの、どうですか」
「縫いつけるのではなく、独立させるわけですね。できますよ」
麻希が答えると、マイさんはさらに話を進める。
「ポケットを取り外せるのなら、ハーブを挿しに来てもらうんじゃなくて、ポケットを持ち寄る方法もありですね。テーブルごとにポケットを配って、グループワークでハーブを入れるのをアイスブレイクにするとか」
「だったら、ポケットが横一列につながった帯みたいなものを作って、ボタンかファスナーで縦につなげるのは、どうでしょう」
麻希はスケッチブックを広げ、帯状になったポケットをスケッチする。しかし、「これでお願いします」とはならず、マイさんのリクエストは続く。
「会場の広さや参加人数やイベントの進行スケジュールによっては、ポケットが一つずつ独立しているほうが使い勝手が良い場合もあるんですよね」
「でしたら、ドレスにボタンをつけておいて、ボタン穴のあるポケットを取りつける形にしましょうか」
麻希はそう言いながらスケッチブックにラフを描く。土台となるドレスにボタンを並べ、そこにポケットをつけるイメージを絵で共有する。
「ボタンでつける形だと、独立タイプでも帯タイプでも行けますよね?」とマイさん。
「そうですね。どちらも対応できます」
「では、両方お願いできますか。サイズの違うボックスを組み合わせてカスタマイズできる家具みたいな感じで」
マイさんは欲張る。欲張るからアイデアが生まれる。マイさんからも出るし、麻希からも引き出される。
以前、モリゾウが昔やった舞台を振り返ったときに「不自由とダンスする」と言った。
「一人で好きなように機嫌良くやるのもいいんだけど、人となんかすると、壁にぶつかるじゃない? その壁をどう乗り越えようかって考えたときに、自分の中から未知の答えが引き出されるのがエチュードみたいで面白いんだよな」
その面白さをわたしは今、味わっている。マイさんと。
そう言えば、モリゾウから「不自由とダンスする」の話を聞いたのは、庭に茂るバジルを見ながらだった。その種を届けてくれたのがマイさんだったことを麻希は思い出す。
ピンクの花をつけたバラの木の垣根の向こうに緑のエプロンが見え、「うちのバジル、モリモリ育ちます」と種を託し、マイさんは颯爽と自転車で去って行った。
あの日の種が生ハーブブーケドレスを芽吹かせようとしている。

「わたしも欲張っていいですか」
自分の口から出た言葉に麻希は驚く。
わたしに「欲張っていいですか」というワードがあったなんて。それを主張する日が来るなんて。
言ってしまってから落ち着かなくなる。ワードローブに見覚えのない服を見つけ、袖を通し、鏡を見る前に街に出てしまったみたいに。
「お約束通り、ドレスは5万円で作らせていただきますが、カスタマイズできるポケットについては……」
追加料金をいただきたいと麻希が切り出す前にマイさんが続きを引き取った。
「別予算でということですね。いくらにしますか?」
麻希は返事に詰まる。追加のポケットに値段をつけると、ドレスの値段とのバランスが崩れてしまう。自分で自分の仕事に値段をつけるのは難しい。
「では、追加で1回着るごとに使用料をお支払いするのはどうですか」
金額を提示できない麻希にマイさんが助け舟を出した。
「使用料と言いますと?」
「JASRACみたいなことです。印税、著作権使用料ですね。私、映画の配給会社にいたんですが、映画の脚本で言うと、最初の5万円が脚本料、その後の都度使用料が二次使用料という考えです」
マイさんの頭の回転の速さに麻希は圧倒されつつ、「使用料。なるほど。そういう形でも」としどろもどろに答える。
「1回につき、いくらにしますか。マキマキさん、希望はありますか」
「そうですね……千円、とか」
遠慮した金額を麻希が告げると、マイさんが眉根に皺を寄せた。吹き出しをつけるなら「ムムッ」という顔だ。
「マキマキさん、千円というのはさすがに」
「多いようでしたら、金額はお任せします」
「少なすぎます。1回につき1万円で、どうですか」
「1万円!?」
「5回で5万円。10回で10万円」
「そんなにいただいたら、ポケットがドレスより高くなってしまいます」
麻希は慌てる。話がうますぎる。何か裏があるのではと勘繰ってしまう。その沈黙を読み取って、マイさんが言った。
「マキマキさん、これまでどれだけ買い叩かれてきたんですか?」

「数えきれないくらい」と声には出さなかったが、マイさんは麻希の表情から察したようだ。
「何度も着たくなるドレスへの正当な対価だと思いますが、アフターケア込みの1万円としましょうか。糸がほつれたり、ポケットに穴が開いたりしたら、メンテナンスをお願いします。それだったら受け取ってもらえますか」
「それはもちろん。でも、いいんでしょうか」
「マキマキさん、自分を高く見積もることは、自分を選んだクライアントを持ち上げることでもあるんですよ」
マイさんのその言葉にハッとした。
「プロとして仕事しましょう。お互い。欲張りましょう。欲張らせましょう。プロなんですから」
プロとしてやっていく技術はある。あなたに足りないのは覚悟だけ。
マイさんがそう言っているように聞こえた。それは麻希が今いちばん言われたいことだった。ギャラよりも欲しいものだった。
今の言葉だけでお代は十分いただいていますと言いそうになったが、飲み込んだ。
わたしが今すべきことは遠慮じゃない。マイさんを見習って、欲張ること。
生ハーブブーケドレスに注げるだけのものを注ぐ。もっと着たい、何度でも着たいとマイさんがますます欲張ってくれるように。

次回7月18日に佐藤千佳子(77)を公開予定です。
編集部note:https://note.com/saita_media
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