最後に食べたいおやつには「人生の中の忘れられない瞬間」が透けて見える
これまで、「人生最後に食べたいおやつ」について考えたことはなかった。最後の食事は、シンプルに大好物という理由で思いつくけれど、最後に食べたいおやつは、人生の中の忘れられない瞬間を切り取っているようだと感じた。実際、物語の中でリクエストされるおやつには、ゲストの人生を物語るようなおやつがたくさん登場する。
雫がライオンの家を訪れた日、マドンナが用意していた「ソ」。それは、“牛乳を火にかけてずっとずっと……、2時間とか3時間とかかけて作るもの”なんだそう。雫はそれを最初、マドンナの「母乳」かな? と感じ、その後「神様の母乳」と表現する。
雫が、人生の最後を迎えると決めた場所で、最初に口にしたものが、「ソ」であり、それを「母乳」と感じたのは、雫がライオンの家を心地いい場所として受けいれられたということではないだろうか。
死んだあとどうなるかを誰も知らない。だからこそ、人々は「死」というものに怖いという感情を持つ。しかし、この物語で描かれる「死」は、決して怖いものではなく、それどころか、どの死も穏やかに優しく描かれている。「死」に対するイメージをガラリと変えてくれた1冊であることは間違いない。
義父を亡くしたあの日から「もし、食べられたら、父は最後に何を食べたかったのかな」、「もっとしてあげられたことがあったのでは」という気持ちが消えることはない。入院する直前からまともな食事をすることができず、大好きなお酒を最後に楽しむこともなく旅立ってしまった義父は、たくさんの心残りがあったのではないだろうかという思いがあった。叶えてあげることはできなくても、そのことを考え、義父を思いだすたび、天国で義父が喜んでくれているかもしれない。
この物語は「死」について描かれている。読む人によってさまざまな捉え方があるだろう。私は、義父のことを重ねながら読み、遺された側の立場として読み進めたことで、そのことと改めて向き合うことができた。
こんなにも優しく死を描いた本を他に知らない。いつか自分も迎える最期のとき、雫と同じように迎えられたらどんなに素晴らしいかと思いながら読み終えた。
2020年本屋大賞にノミネート『ライオンのおやつ』
『ライオンのおやつ』
著:小川糸
発売日:2019年10月10日
詳細・購入はこちらから:ポプラ社HP
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