わが家にも、口伝のキムチレシピがあった!
5キロもあると、いっせいに発酵してしまうため全てを美味しい状態で食べきるのは難しい。ので、届いたらすぐに小分けにして冷凍する。それを少しずつ解凍することで、若いキムチ、成熟キムチ、古漬けキムチを並行して楽しむこともできるのだ。5キロを食べ切ったらまた5キロ注文する。そのサイクルを3回ほど繰り返した頃から、自分でもキムチを漬けて育てたいという好奇心がむくむくと湧いてきた。あの、若いデビューしたてのアイドルみたいな味を自分でも作ってみたい……! そこにタイミングよく娘も「キムチ作ってみたい」と言い出したというわけだ。
思えば、母方の祖母は韓国料理が大好きだった。上野の韓国料理の店に連れて行ってくれたり、「朝鮮漬け」を作って食べさせてくれたりしたものだ。
大正15年生まれの祖母(現在94歳)は、親の仕事の都合で幼少期を朝鮮半島で過ごしたそうで、自分が暮らした現・韓国には並々ならぬ親近感を抱いている。愛情を持って「朝鮮」と呼び続け、キムチのことも「朝鮮漬け」と呼んでいた。ひ孫が漬けたと聞いたら、きっと喜ぶことだろう。
わたしの記憶にある祖母の「朝鮮漬け」は、白菜を塩もみにし、薄切りのにんにくと粉唐辛子を混ぜて上から味の素をかけたもの。即席も即席で、とてもキムチと呼べるような代物ではなかった。よくこれを「朝鮮漬けよ」と言って出すなあと驚き、祖母の言う朝鮮漬けはキムチとは違う食べ物なのかと訝しんだりしていた。
ところが。
「おばあちゃんも若い頃には、生の鮭の薄切りを入れたりして、もっと本格的なキムチを作ってたわよ。『朝鮮仕込みよ』って自慢しながら、お正月のお客さんみんなに食べさせてた」
と母が言うではないか。生の鮭入りとは! 築地市場まで材料を買い出しに行っては年末に漬けていたのだそうだ。
祖母の当時の朝鮮漬けには、大根とにんじんの千切りに、アミの塩辛、そして生の塩鮭の薄切り。粉唐辛子やにんにく、ねぎなども加えて混ぜ合わせ、白菜の一枚一枚に挟み込んで漬けていたらしい。まさかうちに口伝のキムチレシピがあったとは。思わぬ展開に興奮する。
祖母にとっての思い出の味
ポッサムキムチと呼ばれる牡蠣やホタテ、イカなどの海鮮を包んで一緒に漬け込んだごちそうキムチを食べたことがあるが、それに近い味だったのではないか。ケーブルテレビのチャンネル「KBSワールド」で放送している『韓国人の食卓』という食紀行番組でも、薄切りにした生魚をキムチと一緒に漬け込んでいたのを見た。漬けていたおばあさんによると、生魚を入れると「ダシがよく出て」「発酵が進みやすくなる」のだそうだ。なるほど、味だけではなく発酵が進みやすくなるのか。
祖母が韓国にいたのは昭和初期。「韓国併合」と呼ばれる、第二次世界大戦が終わった昭和20年まで約35年続いた日本が朝鮮半島を統治した時代のちょうど中ごろだ。祖母の父、つまりわたしの曽祖父はダム技師だったそうだ。