穴が空いていればいいの?
『ドーナツの定義』とは、なんでしょう?
これは私が〈ドーナツ探求家〉という看板を掲げているため、よく聞かれる質問です。
答えを言うと、「穴が空いてるからじゃなくて?」といった反応をされる人が多いことから、「穴が空いているものがドーナツ」と思っている人が大半であることは間違いないようです。
穴が空いたリング状の姿であることが『ドーナツの定義』だとすると、よく知っているあの食べ物が、みんな『ドーナツ』になってしまいます。
ベーグル、バームクーヘン、車麩(くるまふ)、マイナーなところではクグロフ、パリブレストなど。
これらは小麦粉で作っているという共通点はあるものの、『ドーナツ』であるはずがありません。
『ドーナツ』が食べたいときに、「どうぞ」と、車麩を手渡されたら、「これじゃない」と困惑するでしょう。
アイデンティティは油で揚げていること
「煮える油の海を渡ってきた者こそ、真のドーナツである」と、高らかに言いたい。
ドーナツは揚げ物であると。
さあ、煮える油へ飛び込むのだ!
『ドーナツ』とは、「小麦粉などで作った生地を油で揚げたもの」と定義づけるのが適切でしょう。
長い食の歴史の中で、リング状、ボール状、棒状など、形状を問わず、生地を油で揚げたものが『ドーナツ』として親しまれてきたこと。岩波書店の「広辞苑」をはじめ、複数の国語辞典でも「油で揚げた菓子」というように明記されていることからも、『ドーナツ』のアイデンティティは、「穴が空いていること」ではなく、「油で揚げること」といえます。
過去のコラムで、ドーナツの生地の違いについてご紹介しました。
ドーナツには、大きく分けて3つの生地、イースト生地、ケーキ生地、シュー生地があります。
これらの生地は、油で揚げると『ドーナツ』になりますが、焼くと別ジャンルの食べ物になることからも明らかです。
みんなに愛される“輪っか”
「油で揚げていることがドーナツのアイデンティティ」といっても、『ドーナツ』のパブリックイメージがリング状であるのは間違いありません。
その姿が多くの人を魅力し、広く認知されて、「ドーナツ=リング状の食べ物」として定着したのだと思います。
そういう私も『ドーナツ』と聞いて思い出すのはリング状のそれです。
私はイラストレーターとしても活動しています。
「ドーナツの絵」を依頼された場合、ドーナツを研究する者として、ボール状のドーナツやツイストドーナツなどを描いて、強力なパブリックイメージに抵抗しようかしらと、おかしな情熱をペンに託そうとします。
しかし、「わかりやすく伝える」という使命を持つイラストについては、そういった私情を込めてはいけません。
「いかん、いかん」と首を横に振り、冷静さ取り戻し、輪っかを描くのです。
輪っかというのは、なんとなくおおらかな印象で、悪気のない形で、どことなく楽しい雰囲気を感じさせたりもするものです。
丸くつながった状態から「途切れないもの」「無限」「調和」といったイメージが湧きますし、人間関係の「輪」といえば、友好なコミュニティを連想します。
「なんだか、いいカタチ」、それが輪っかのカタチをしたドーナツの魅力なのかもしれません。
誰しも『ドーナツ』と聞いて思い出すものはリング状のそれです。
しかし、「ドーナツとは何なのか?」「ドーナツの定義は?」という問いかけには「小麦粉などで作った生地を油で揚げたもの」ということを、思い出していただけたら嬉しいです。
さぁ、コラムを書き終えた。
あんドーナツでも食べましょうかね。
あ、ほら、穴はなくともドーナツですよ。
日本で古くから製造されている、ころころとした丸いカタチのあんドーナツ