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“好き”を極める。ドーナツを4000個食べたドーナツ探求家が大切にする「好き」以外の気持ちとは?

カルチャー

2025.10.23

“ドーナツとは、油の中で夢がふくらむ、幸福な食べ物です。” こんなキャッチコピーを掲げて、「ドーナツ探求家」として活動している溝呂木一美です。 年間500種類以上のドーナツを食べ、食文化としても調査・研究しています。 そんな私が、ドーナツの雑学や知られざる魅力などを少しずつご紹介していきます。今回は、私がドーナツ探求活動をはじめたきっかけと、長く続けている理由を書いてみたいと思います。

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10年以上継続する「好き」な気持ち

ドーナツ探求家の溝呂木一美が食べたドーナツ今まで食べたドーナツのほんの一部です。

“ドーナツ探求家”と名乗って活動し、10年以上経ちました。
ざっと数えただけでも、4000個以上のドーナツを食べてきたことになります。

「飽きませんか?」と訊かれることもありますが、探っても探っても、次から次へと新たなドーナツが登場するので、飽きることはありません。

運命の出会いから、新たな扉が開いた

以前のコラムでも書いたように、幼い頃からドーナツが好きで、ドーナツは「幸せの象徴」と感じていました。
ドーナツを「普通に好き」と思っていただけの時代を経て、あるドーナツとの運命的な出会いをきっかけに、「毎日探すほど好き」になる時代がやってきます。

2013年に、吉祥寺の東急百貨店の裏に『アーノルド』という、フィンランド発のドーナツ店がオープンしました。
初めて『アーノルド』で食べたものは、チョコレートのリングドーナツと、四角いドーナツにブルーベリージャムを詰めたものでした。
それが、とってもおいしくて、深く感激したことを、今でも鮮明に覚えています。

吉祥寺の東急百貨店の裏にあったアーノルド左:『アーノルド』のドーナツに感動して描いたイラスト。 /右:当時の『アーノルド』の外観。現在は東急百貨店の3Fで営業しています。

ドーナツ生地の食感にオリジナリティがあり、北欧風の色味やデザインも素敵でした。
それは、これまで知らなかった“新しいものとの遭遇”だったのです。

まさに『未知との遭遇』(1977年公開映画)で、UFOに夢中になってしまうロイ(リチャード・ドレイファス)のようでした。
運命的に出会ってしまった!
とはいっても、ロイと比べると、随分と呑気なスタートで、楽しい活動のはじまりです。

『アーノルド』のドーナツをモグモグと頬張り、「この世には私が知らない素晴らしいドーナツが、まだまだたくさんあるのかもしれない」と思い立ち、ドーナツを探して歩くようになったわけです。

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たくさん食べても、知らないことだらけ

「新しいドーナツに出会いたい!」という気持ちで、ドーナツのアンテナを立てて街を歩きはじめると、専門店だけでなく、スーパー、コンビニ、ベーカリー、カフェ、その他飲食店など、さまざまな業態のお店で売っていることがわかりました。

どこかの街に行くたびに、下調べをし、売っていそうなお店を巡る、というのがお決まりの行動パターンとなりました。
旅行をすれば、その土地のありとあらゆる売っていそうなところを巡るため、同行する夫にウンザリされることもありましたね。

活動開始から数年間は「食べたことがないドーナツ」をひたすら探して食べることが主な活動内容でした。
今でもそれは続けています。

しかし、たくさんのドーナツを食べ続けていたら「なぜ?」と思うことが湧いてきて、知りたいことが増えていきました。
「どうしてこの食感になるのか」といった調理法、「どこで発祥したのか」といった歴史的背景について、などなど。

ドーナツ探求家の溝呂木一美がドーナツを食べるイラスト「おいしい」以外のことは、不明確なことばかりです。

つまり、「おいしい」「そうでもない」といった主観的なことは自分で判断するだけのことなので、容易に記録できるのですが、その背景にあるものは簡単にわからず、知らないことだらけだったのです。

次第に「おいしかったかどうか」だけでなく、食べると湧き上がる「知りたい」という気持ちを重視するようになり、調べ物が増え、新たな出会いが生まれ、“ドーナツ探求活動”が活性化していきました。

探求心を持って、未知の世界に分け入る

「おいしい」という気持ちは受動的なもので、食べ終わると同時に収まってしまいます。
対して、「知りたい」という欲求は、能動的に次のアクションを生み出します。

探求心こそが、私を外へと連れ出し、さまざまな発見をさせてくれました。
私が長く活動を続けることができたのは、この世においしいドーナツがたくさんあることはもちろんですが、「探求心」も一因だと考えています。

知りたいことが多いと、興味は薄れないものです。

前述の『未知との遭遇』のロイは、UFOに執着したあまり、常軌を逸した行動を重ね、妻と子はたまらず家を出ていってしまいます。
私もロイのように、夫に呆れられるのかと思ったら、長い活動の末、幸いなことに応援してもらえるようになりました。
今では、夫は優秀な“助手”として私をサポートしてくれています。

オーストラリア・メルボルンのクイーンビクトリアマーケット内にある、老舗ドーナツ店「American Doughnut Kitchen」オーストラリア・メルボルンのクイーンビクトリアマーケット内にある、老舗ドーナツ店「American Doughnut Kitchen」。とっても素敵なお店で、一瞬にして大好きになった。夫という“助手”がいたからこそ実現できた、“メルボルンドーナツ旅”のひとコマです。

情熱的に活動していると、周囲の人にもその「熱」が伝わることがある、というのは私がたくさん体験した嬉しい出来事でした。

「なぜ?」は多ければ多いほどよし

2025年の世の中を見渡すと、そこかしこで「好き」をテーマにした商品やサービス、イベントを見つけることができます。
『推し活』は、多くの人にとってデフォルトになりつつあるのでしょうか。

『推し活』をする際は、「好き」と思う対象について、「おいしい」「かわいい」「美しい」という受動的な気持ちだけでなく、ぜひとも、幼い頃のトーマス・エジソンよろしく『なぜなぜ坊や』の視点を持ってみましょう。

考える少年出典:stock.adobe.com

そういえば、トーマス・エジソンは、周囲の人に「なぜ?」を連発しすぎて、学校を退学することになってしまったそうな。
『なぜなぜ坊や』が過ぎるのも考えものかしら?
いやいや、臆することなかれ。

探求心から一歩踏み出した先に、進んでみましょう。
「知りたい!」と思う気持ちは、「好き」な対象物を、より深く愛する気持ちに他なりません。

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著者

溝呂木一美(みぞろぎひとみ)

溝呂木一美(みぞろぎひとみ)

“ドーナツとは、油の中で夢がふくらむ、幸福な食べ物です。“というキャッチコピーを掲げ、国内外で年間500種類以上のドーナツを食べ、食文化としても調査、研究している。自身のブログや各種SNS、テレビやラジオ、雑誌、Webメディア等でも情報を発信。コンビニ、カフェなどの店舗で販売するドーナツの監修も行う。イラストレーターとしては「かわいい・おいしい・楽しい」をテーマに描いている。主なテレビ番組出演歴は『マツコの知らない世界』『ラヴィット!』(TBS系)、『バゲット』(日本テレビ系)など。著書に『私のてきとうなお菓子作り』(ワニブックス)、『ドーナツのしあわせ 年間500種類食べる“ドーナツ探求家“の偏愛ノート』(イースト・プレス)、『ドーナツの旅』(グラフィック社)あり。

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