「暑いんだから、ジャンパー脱ぎなさい」のひと言から感じた“違和感のワケ”

家族・人間関係

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2026.02.18

こんにちは。家事シェア研究家の三木です。 先日、図書館で本を読んでいたらこんな声が飛び込んできました。「暑いんだから、ジャンパーを脱ぎなさい」。 ママから小学生(高学年くらい)の子どもへと発せられた何気ない一言。この一言にいいようもない違和感を感じたのです。

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「暑いんだから……?」

図書館で本を選ぶ女の子出典:stock.adobe.com

声が聞こえてきて、ふとそちらを見ると、子どもは暖かそうなダウンジャケットを羽織っていました。 図書館の中は、上着を脱いでちょうどよいくらいの温度が保たれており、たしかに「暑いかもしれない」。

だけど、言われた子どもは特に意に介した様子もなく、ダウンを脱がずに自分が見たい本棚の方へ行ってしまいました。 ママがそれを追いかけてダウンを引っ剥がします。子どもも言われるがままに脱がされ、何も気にした様子もなく本を見ています。 ダウンを脱がしたママは、ブツブツと文句を言いながら畳み、両手いっぱいに荷物やらダウンやらを抱えることになりました。

どこにでもよくありそうな、なんてことのない光景。 これを読んでいる方の中にも「あるある、子どもって暑くても脱がないし、言うこと全然聞かないんだよね」と思う方もいるかもしれません。

ですが、僕はすごく違和感を感じたのです。

「なぜ、ママはわざわざ子どものダウンを脱がせたのだろう?」

たしかに館内は温かかった。だけど、子どもはべつに暑がってはおらず、困った様子もありません。 一方のママは、自分のダウンを抱え、他にも荷物を持ち、さらに脱がせた子どものダウンまで持ち、荷物でいっぱいになってしまいました。

子どもからダウンを脱がせたことによって、あきらかに困ったのはママの方です。それで、さらにイライラが募ったようでした。

子どもの問題まで引き受けることはない

子どもの問題を抱える親出典:stock.adobe.com

「暑いかどうか」は本来子ども自身の問題です。 たとえば、「フォーマルな場で、TPO的にも室内でアウターを羽織ったままなのは場違いで失礼に当たる」というときは、「こういうときはダウンジャケットは脱ぎなさい」と教えてあげるでいいでしょう。それは、アウターを来ていることが子どもだけの問題ではなく、その場にいる人への礼儀の問題だからです。

ですが、「暑いかどうか」は親が決めることではありません。 暑かったら自分で脱げばいいし、脱いだ服を親が持ってあげる必要もべつにありません。

それでもなぜか、親は子どもの問題を、自分の問題かのように引き受けてしまったりします。

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子どもの成長に応じた自立

考える子ども出典:stock.adobe.com

子どもが赤ちゃんだったり、未就学児であれば「まだ、自分で判断したりできないかもしれないな」と、気遣って温度調整をしてあげたりもするでしょう。 汗をかいて、風邪を引かないように、暑いと思えば上着は脱がしてあげる。そういうことが必要な時期もあります。

ですが、子どもはいつまでも赤ちゃんではありません。 一つ一つ、自分で判断したり考えて行動することができるようになっていっています。

そうした中、これまで手取り足取り見てきたお世話から、どのくらいの距離を取っていくかが大切になってきます。

それが「自立」であり、自立とは「自分で責任を取ること」が前提にもなります。 子どもの失敗は、全部が全部親の責任ではありません。子どもが自分で責任(行動の結果)を引き受けることもとても大切です。

子どもの問題を何もかも親が引き受けていたら、親も大変だし、子どももなかなか自立していけません。 子どもの成長にあわせて、適度な距離を保つことも大切なのだと思います。

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著者

三木智有

三木智有

NPO法人tadaima!代表 日本唯一の家事シェア研究家/子育て家庭のためのモヨウ替えコンサルタント。著書に『家族全員自分で動く チーム家事』がある。

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