「私らしい」が見つかる。40歳からのライフスタイルメディア
連載記事

一歩ふみだせたキッカケは知人の言葉だった。49歳で出会えた“人生を彩るお花の世界”

働く・学ぶ

 一歩ふみだせたキッカケは知人の言葉だった。49歳で出会えた“人生を彩るお花の世界”

2022.09.13

オリジナル連載『わたしは〇〇で人生が変わった』第8回目。20代の頃、自分が40歳になることを想像してどう感じていましたか? 「40代なんて、もう人生が終わりかけじゃん」とか、「そんなに年齢になるのが怖い!」なんて思っていた方も多いのではないでしょうか。若い頃は、年齢を重ねることにネガティブな印象を持ちがちです。ですが、実際は年齢を重ねたからこそ出会える喜びや楽しみがあるんです。「今が楽しい、将来が楽しみ!」と語る、人生を謳歌しキラキラ輝いている方のお話は、きっとあなたに「40代から人生を楽しむヒント」を教えてくれるでしょう。

今回お話を伺ったのは、金子夕美さん(51歳)

金子さん人生年表

22歳で結婚後、3人のお子さんを出産。第3子出産後に、産後うつを発症するも、幸い短期間で日常生活に復帰。その後、近所の生花店にて配達のパートとして11年勤務後、49歳で転職。そこで、現在の活動の軸となるアーティスティック、ブリザードフラワーのアレンジをスタートさせ、現在はソラージュフラワーのディプロマまで取得しています。

充実した専業主婦時代、でも……

金子さんお写真

──「産後うつ」になった時のことを教えてください。

金子さん:新卒で入った仕事を辞め、子どもにも恵まれ充実してはいたけど、どこかで自分の存在にモヤモヤしていました。◯○さんの奥さん、○◯ちゃんのママとか、なんとなく誰かの「付属品」でいるのが、当たり前なんだと自分に言い聞かせていたんです。

そんな中、3人目が生まれてすぐに、子どもが増えて大変なのに、今までと同じように「ちゃんとしなくちゃ」と気を張ってしまいました。今思えば、無理をしていたんでしょうね。まず耳が聞こえにくくなり、ご飯の味がわからなくなって。楽しむ気持ちもなくなり、眠れなくなりました。なにもないのに涙が止まらなくなることも……。いつの間にか、精神的におかしくなってしまいました。

主人の前でも元気なふりをしていましたが、とうとう限界がきて、そこで初めて「しんどい」と声にしました。夫がすぐに仕事をセーブしてそばにいてくれたので、少しずつ良くなっていきました。「明るく元気な金子さん」って、本当の自分じゃないのかも……、と自分を見直すきっかけになりましたね。

──その後、38歳になってパートをはじめたきっかけは?

金子さん:ずっと何か仕事をしたいと思っていたんです。専業主婦って、社会とのつながりがないので……。ある時たまたま、自転車でふと通りがかった時に、お花屋さんのパート募集の張り紙を見つけました。「そういえば私、お花好きかも」って。本当に突発的に面接を申し込みました。

──久しぶりの社会復帰、怖くはありませんでしたか?

金子さん:もちろん、ブランクが長いですし、すっごい緊張しました。仕事はしたいけど、「自分に何ができる?」と考えると、パソコンなら一太郎(同年代の皆様、おわかりですよね)だけだし……。何もできることがないので、仕事を始めるという最初の壁はすごく高かったです。

──実際、働き出してみて感じたことは?

金子さん:当然、仕事は何もかもが初めてでわからない、知らないことだらけ。指示されたことをこなすだけで精一杯で、お花のこともお客様に聞かれてもわからなくて配達も時間がかかってしまい、毎日が勉強でした。

生活時間の使い方が変わりました。当時、子どもがまだ全員小学生・中学生だったので、もう忙しくて考える暇もなかったです(笑)。パートは週に3~4日だったのですが、働いている時よりも帰ってからの方が忙しかった。家に帰ると、塾や習い事の送迎、娘三人三様のスケジュールにばたばたでした。また、PTA 、子供会、保護者会などの役員の仕事にも走り回っていました。

でも、好きなお花に関われていたのでハードでも続けられたんだと思います。

金子さんが働いてたのは、街のお花屋さん。切花を主に扱う店舗で、金子さんはアレンジメントされた花を配達することがメインの業務でした。その後、ご主人の大病を家族で乗り越えた後、ミッドクライシス(中年の危機)が金子さんを襲います。

このままでええやん! と自分に言い聞かせていた

サンプルイメージ

──生花店・パート時代のことを教えてください

金子さん:お花屋さんのお仕事は、配達員としてやりがいを持っていたんですが、自分でアレンジメントする機会が少なかったんです。その状態が6~7年続いて「自分って成長しているのかな」とモンモンとしていました。

子どもは大きくなって知識を広げて外に向かっていくのに、自分は仕事も趣味のスポーツも中途半端。幸せだけど、自分を一人の人間としたみた時に、これでいいのか? という想いがずーっとありました。

周りの人から見たら色々恵まれているし、子どもは元気だし。それでええやん! と自分に言い聞かせていたんですが、心のどっかで「何かしたいな」って。

──その後、生花店・パートをやめたそうですね

金子さん:はい、勤務8年目で、一度辞表を出しました。でも「あんたなにができるん?」て、自問自答してみると「何もできることがない」ってなって……。「また働かせてください!」と、すぐに辞表を取り下げてもらったんです(苦笑)。

その後、自分の年齢が50歳に近づいた時、ずっと仕事はしていたい、60歳まで働きたい。でも、あと10年この仕事ができるかな? って考えた時に、ハードな肉体労働で運転は危険も伴うので配達は続けられないな、何か新しいことがしたいなと思ったんです。ちょうど子どもの自立と時期が重なったので「今しかないな」と、何も決めずに配達の仕事を辞めてみました。

次の就職先については、特に何も決めていなかった、金子さん。でも、その先には考えてもみなかった「出会い」が待っていました!

ある日突然、一通のLINEが届いた!

金子さんお写真

──辞める時に、背中を押してくれた人がいたそうですね

金子さん:そうなんです。辞める前に趣味のバドミントン仲間に相談しました。仕事でキャリア相談をよく受けている年上の方が「その仕事(配達)に夢ある? 学びはある? 人の繋がりが広がっている実感ある? それがなかったらやめてもいいんじゃない」って。この言葉がすごく大きかったです。また、後に屋号の名付け親になってくださった恩師も「なにがあっても貴方なら大丈夫」と背中を押してくださいました。

──なぜ金子さんの夫には相談されなかったのでしょうか?

金子さん:もちろん相談しましたし「今まで子育てがんばってくれたからこれからは好きなことをやればいい」と言ってもらえてました。でも当時、主人は海外に単身赴任中で慣れない土地で一人で頑張ってくれていたので、主婦にしかわからないような細かいもやもやした気持ちまでは伝えきれていませんでした。

──その後、どういったご縁で転職されたのですか?

金子さん:退職時は本当にノープランだったので、1回リセットしようと2か月くらい家でゆっくりしていました。その後、そろそろ仕事を探そうと、履歴書を書いていたら、LINEがポン! と入ってきたんです。

「園芸屋さんでスタッフ探しているんだけど、いい人いない?」

送り主は、最近ご無沙汰だったバドミントンの古いお友達。

すぐに「私じゃダメでしょうか?」とお返事しました。そして、その日のうちに面接、採用となったんです。

──すごくラッキーなご縁ですね!

金子さん:はい。でも実は、その前にもお花に関して、あるお誘いがあったんです。生花店を同じ時期に辞めた後輩の子がイベント出展に誘ってくれて。その時、初めて自分の花作品をいっぱい作って販売しました。

そこで「お花を作るっていいなぁ」と実感。同時にこれをビジネスにして、儲けを出すのは難しいとことも学びました。私にとって、お花を作ること=ビジネスでの成功ではなくて、仲間で楽しさを共有することなんです。

どこかに勤務しながら花活動をするのが一番私らしいなーと考えていたら、ちょうど園芸店のお誘いが!

金子さんお写真

──現在の、お花活動について教えてください

金子さん:ご自宅用や誕生日や開店などのお祝いのプレゼント用に「こういうイメージのお花を作ってほしい」とご注文をいただいてお作りさせていただいたり、「こんなの作りたい!」と言われて、自宅でワイワイと一緒に作ったり、公民館や地域のサークルグループさんから講習会を依頼いただいたりもします。

お花の先輩に声をかけていただいて、阪急や阪神百貨店のイベントブースにお花を並べることも。
また、知り合いの花農家さんにお願いして、お花や野菜を摘ませてもらってブーケレッスンを受講する「大人のお花イベント」も月に一回開催しています。

私、先生と呼ばれるのが苦手なんです。先生ではなく、提案者って感じなので。(笑)こんなにかわいいもの作れるよー!一緒に作ろー!!って発信して、たくさんの人と「お花が好き!」「かわいい!」「楽しい!」というときめきを共有してつながっていきたいと思っています。

──その後、お花の資格を取得されたそうですね

金子さん:はい。これもまた、お花関係の先輩に声をかけていただいたんですが(笑)。「ソラージュフラワー」という新しい花材を製品化する資格を取りました。

*ソラージュフラワーとは……タイの水田に自生する「ソラ」という植物を加工した、エコフラワーのこと。

そんな金子さんですが、またまたお仲間からの誘いで、デパートでの個展や、ポップアップショップなど、ワクワクする花活動がたくさん控えているそうです。

金子さんお写真金子さんの作品

saita読者へメッセージ

金子さんお写真

そんな彼女から、saita読者にエールをいただきました。

金子さん:私がそうだったように、何かを始めたくても何が自分にできるのか、何から始めたらいいのかわからず、焦ったり悩んだりすることってあると思います。どれだけ頭で考えていても何もわからないままなので、初めはまず、「こんなことが好き」「こんなことをやりたい」を発信して共感できる人探しから初めてみるといいと思います。一人では不安でも、仲間と一緒なら心強いですよね。

そしてやりたいことを実行している人にどんどん会いに行く!レッスンでも体験会でもイベントでも何でもいいので参加してみて、先生や周りの方とお話しすると世界が広がるし、人とつながればそこからまた新しいつながりが生まれてヒントやチャンスがうまれるかも!そのときはとにかくチャレンジあるのみです。もう、迷ってる時間はないと思って!(笑)

知らないこと、できないことは恥ずかしいことではなくて、知らないからこそ学びがあって、できないからこそ伸びしろがあると思って、私はもう完全に開き直ってます。若いころにはなかった感覚です。チャレンジを続けて、自分をどこまでアップグレードできるのかを仲間と一緒に楽しんで生きていきたいと思います。

すべての人とのつながり、ご縁に感謝です。

 

フェミニンな印象の金子さん。実はお花と同じくらいスポーツが大好きな一面も。バドミントンはクラブ活動だけでなく、対抗試合や合同練習などを自ら仕切り、サッカーやバレーボールはサポーターとして、会場で声を張り上げて応援する日々。「子どもって、大人になると楽しくないって思い込んでいるけれど、私は大人になってからが楽しいやん! ママめっちゃ今楽しいで、と伝えたいんです」という、金子さん。現在の悩みは「やりたいことがいっぱいあって(時間が足りず)困ってる」ことだそうです(笑)。

金子さんお写真

インタビューさせていただける方を募集中!

saitaでは4.50代で新たな挑戦を始めた方のオリジナル連載『わたしは〇〇で人生が変わった』を掲載中です。
新しい挑戦を通して、人生が変わった方を大募集しております。ご取材させていただける方は、ぜひsaita編集部にご連絡ください。
saitaはこれからも挑戦を続ける女性を応援し続けます。よければ次回の連載記事もご覧ください。