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【後編】大震災を経験した女性が語り部になることを決めた理由「今でも話しながら泣きそうになる」

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 【後編】大震災を経験した女性が語り部になることを決めた理由「今でも話しながら泣きそうになる」

2021.01.17

「東日本大震災の被災体験」と、日ごろからの備えやちょっとしたアイデアの提案を伝える「子育て防災プロジェクト」。代表の小畑祥子さんは2012年からこの活動を続けています。いつも小畑さんの講座には、会場の設営や先方の代表者との打ち合わせに共に参加するパートナーがいます。新阜真由美(におかまゆみ)さんです。新阜さんもまた、仙台で被災したあと、大阪で暮らす1女のママでした。同じ経験をもつふたりが大阪で出会い、活動をスタートするまでのことを振り返ってもらいました。

※大震災を経験した女性が語り部になることを決めた理由【前編】からの続きです

出会いは被災者支援イベント

小畑祥子さん(左)と新阜真由美さん(右)

―――二人三脚で「子育て防災プロジェクト」を運営されていますが、仙台在住の頃からお知り合いだったのですか?

新阜:仙台にいたころは、近くには住んでいたものの、子どもの年齢も離れていたので、(1歳半と小学生)共通の知り合いもなく、出会うきっかけは無かったんです。2人とも大阪に縁があって、被災後に引っ越してきてから知り合いました。

小畑:義援金を集めたり大阪へ避難している家族に手助けをしている団体から、「経験談を話してほしい。」と頼まれたことが、私の活動のスタートです。それをきっかけに今の講座のベースを作りました。私の講演は、復興支援イベントの中の1つのプログラムだったのですが、ちょうど同じ会場で芋煮会が直前まで行われていて、入れ替えの時に私が準備のために部屋に入ったところで会ったよね?(笑)

新阜:そうそう!私は被災者家族として支援を受ける側で団体にお世話になっていたんですが、イベントで東北各地ではよく振舞われる芋煮を作るということだったので、その日はお手伝いで参加していました。芋煮会場(笑)の大きな会議室に、講演の準備で小畑さんが入ってこられて…すぐに「実は私も仙台からこっちに来たんですよ。」って声をかけて…。それが震災翌年の2012年11月です。

―――なるほど、そこで連絡先を交換して、活動を始めることになったということですね?

小畑:それが…(笑)私も初めての講演で緊張もあったし、特にその時は連絡先も聞かずに別れちゃって…。でも、講演の反響が大きくて「これからも続けていけたらいいなぁ。」と思ったものの、子どもも小さいし「ひとりでは無理だな。」と。じゃあ誰とやるかと考えたとき「ママ友を誘って手伝ってもらう、というのも違うな。」と…その時に「あの人と一緒にできたらいいなぁ。」って思ったんです。

―――まだ「あの人」なんですね、良く知らないし。

小畑:名前も知らなかったので、そのイベントの世話役さんに説明をして電話番号を聞いたら、名字のよく似た、別の東北からの避難者さんの番号で…「この人じゃないんです。」ってもう一回聞き出して、やっとつながったという…。

新阜:パンケーキを食べながら話を聞いたんだよね。

小畑:その時にもう「あなたじゃなきゃ嫌なんです」くらいの勢いで(笑)今から思うと気持ち悪かっただろうな…とわかるんだけど、当時はなんとか「イエス」と言ってもらいたくて一生懸命で。

―――その熱に、新阜さんはほだされた…という感じでしょうか?(笑)

新阜:ちょうどその時に、被災した経験はあるけれど家はあるし避難者というのともまた違う自分の境遇を思うと、このまま「お世話をしてもらう側」でいるのは、どうなんだろう…と考えていた時期だったんです。それに「夫を残して大阪に子どもを連れて来た」という辛い選択を子どものためにした…という境遇が重なったことにも親近感がわきました。大阪に来てから話を聞いてくれる人はいても「気持ちを共有できる」人と出会ったのは初めてだったので、お手伝いができることがあれば…とお返事しましたね。

―――小畑さんは原稿を見ながら被災体験を語られるのではなくて、毎回当時を思い出して話されているので、何度も疑似体験のような思いをするため、心身ともにとても疲れると言われていましたが、共有できる人が近くにいると安心ですよね。

小畑:毎回泣きそうになりながら話をするんですけど、辛さをわかってくれている人が近くにいてくれる…と思うだけで、頑張って伝えていこうと思えます。ひとりでは絶対にできないです。

これからも被災経験を共有できるふたりで「二人三脚」

「大切なひとを守るための活動」を続けます。

―――今は新型コロナの影響で、講演会やイベントなどが極端に減っている時期ですが、今後の活動についてはどうでしょう?

小畑:さまざまな環境で講座をさせていただいて、とても私自身も勉強になりました。伝えることは同じでも、「伝え方」については新しいことにもチャレンジしてみたいな、と思っています。

―――現状、まだ規制があって大きな会場にたくさんの人を前にして…という通常のスタイルでの再開は少し先になりそうですね。

小畑:ちょうどもっと少ない人数で…例えば5人ほどを前にして、もっと近くでお話をする、質問もどんどん受ける…といったスタイルもいいんじゃないかな?と思っています。とにかく「被災体験を聞いてみたい。」というお話があれば、本当はどこへでも出向いて行きたいんですよね。でも実際は子どもたちはまだ小学生だし、「いってらっしゃい」と朝、送り出して「ただいま」と夕方に帰ってくるまでに私は帰宅していたいと思うので、あまり遠くへは行けませんが…。

―――オンラインでの講座はどうでしょう?

小畑:未経験ですが、進め方に工夫をしたり、ワークショップを交えるなど方法を考えれば、より伝わるんじゃないかと思っています。防災について意識を持ってくれる人が増えたら、その周りの人の命も救えると信じて、今後もさまざまなスタイルで発信を続けていけたらと思っています。

 

 

お話を伺ったのは、子育て防災プロジェクト 代表 小畑祥子さん

2012年から母親目線で被災体験を語る防災講座や防災リュックを考える子ども向けワークショップなどを通じて、多くの地域や学校、企業などで活動中。高齢者介護施設で看護師として働く2人の小学生のママ。最近は、某所にて「島クリエイト」にハマり中。

新阜真由美さん
小畑さんと同じく東日本大震災で被災した経験を持つ岐阜県出身、訪問介護に従事する大学生の母。趣味はウクレレとクロスステッチ。特技は着付け。手仕事が得意で、手作りのマスクは抜群の出来栄え。

取材と文 みやむらけいこ

 

著者

みやむらけいこ

みやむらけいこ

ライター

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