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ともに自立、ほどよい距離…"一緒に住まない、けど仲良し"を続けるために|松場登美さんインタビュー後編

家族・人間関係

 ともに自立、ほどよい距離…"一緒に住まない、けど仲良し"を続けるために|松場登美さんインタビュー後編

2020.11.22

登美さんの著書のサブタイトルは「定年後をいきいきと過ごす 新しい夫婦の暮らし方」とありますが、実際には登美さんは石見銀山生活文化研究所所長と兼任で「群言堂」のデザイナーとして勤務する傍ら、夜は「暮らす宿 他郷阿部家」で女将としてお客様をもてなし、夫の大吉さんも石見銀山群言堂グループの代表としてバリバリと現役で仕事をこなしています。 世間では、夫が定年になって1日中家にいることになってから不仲になる夫婦が多いとか…。そんなこととは無縁の登美さんと大吉さんが「互いに自立し認め合う」ための「なかよし別居」を提案しています。

夫は「最良のパートナーで最強のライバル」

昔ながらのおくどさん(かまど)が並ぶ他郷阿部家の台所。

無口だった少女は、高校で美術部顧問の恩師と出会い、文化祭でデザイナーとしての頭角を現し大活躍した後に、今も深い絆で結ばれた就職先の画材屋のオーナーのもとで社会人としての第一歩を踏み出しました。名古屋のギャラリーへと転職し、ひとり暮らしのアパートの隣人だった大吉さんと出会います。

―――出会った当時、大吉さんは学生だったんですね?

登美さん:私は名古屋のギャラリーに勤めていて大吉さんは起業に興味を持つ学生でした。顔見知りになってから、どちらかの部屋で議論をするのが日課のようになっていましたね。商売の仕組みを考えたり、どんなものが売れるか…など、ふたりとも関心のある事柄が似ていたんです。今も共に同じ会社を運営する間柄なので、同じ方向を見て日々意識しながら刺激しあっているといったところでしょうか…なのでよく私は大吉さんのことを聞かれたら「最良のパートナーで最強のライバル」と言うんです。

―――その頃は「お隣同士」で、今は「徒歩1分の別居生活」。そして、パートナーでライバル…ということは、おふたりの関係性は、お子さんを育て上げて会社を持った後も、大きな変化は無い、ということでしょうか?

登美さん:そうかもしれませんね。長女を妊娠して結婚しましたが、私の実家の家族は心配して戻ってくるんじゃないかと思っていたみたいです。姉たちは「やっぱりあなたのすることは普通でないわね。」と気をもんでいた様子で…でも「帰るところはない。」と思って名古屋で子育てをしながら生活していました。名古屋にいたころは収入が十分というわけではなくて、お米が買えなかったり…という生活でした。

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