「歓迎されない嫁」だと思っていた
―――島根に移られたのは、結婚がきっかけというのではなくて、お子さんの誕生の後だったんですね?都会と違って、まだまだ古い慣習がいろいろとあった時代だと思われますが…当時はいわゆる世間の目というか、登美さんのお姉さんたちが心配されたような視点で見る人もおられましたか?大吉さんのご実家や地域の方々との関係にはご苦労をされたのでは?
登美さん:地域の方からは「代々伝わる松場家の長男のお嫁さん」という受け入れられ方でしたね。当時は「歓迎されない嫁」だと自分では思い込んでいたんですが、後からそうではなかったことも色々とわかってきました。私自身都会育ちではないので、地域の人同士の距離が近い、ということも十分理解していましたし、苦にはならなかったですよ。それよりも「存在を無視される」ことが一番悲しいですものね。
―――ご自身が「歓迎されない嫁」だと思っていたと言われました。少し意地悪な言い方をしてしまいますが…3人いらっしゃるお子さんが結婚されるときに、そのお相手に望まれたこと、登美さんの言葉を借りれば「どんなお相手なら歓迎」だと思われてましたか?
登美さん:娘が3人いるのですが、それぞれが結婚するとき、相手に対して条件的に望むところはなかったのですが、ひとつだけ「この子をたくさん褒めてあげてください。」と言いました。私自身があまり褒められた経験がなくて、自分も娘にあまり上手に褒めてあげられていなかったんじゃないかと思っていたので。
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