繰り返し「モノを手放して」変わったこと
今年は、定期的にモノの整理整頓と大掃除を繰り返している。
毎回、「よくこんなに手放すべきものが出てくるな……」と思うと同時に、日々の買い物の仕方、お金の使い方を反省する。
ほしいと思ったらとにかくほしい。吟味したり予算と相談ということはあまりしないため(ほとんどがお手頃価格)、気づくと家の中はすぐに物で溢れる。
ほしいと思った瞬間には購入するタイプなので、整理整頓をすると、同じようなものがたくさん出てくる。
「これ、持ってたんじゃん!」と思うようなものが4、5個出てくるのは当たり前……。ここ数ヵ月、そんなことを繰り返してきたことで、発作的な買い物がかなり減った。
「かわいい!」と手に取ったあと、「これは本当に必要かな? 似たようなものを持っているのでは?」と考えられるようになった。
これは、整理と掃除を繰り返す中で得た素晴らしい気づきだ。
ほしいと思って買ったのに、買った途端に満足してしまうというところがあった私。
最近は、欲しいと思って買ったのに長い間埋もれさせてしまっていたものを、大事に大事に使うようになった。
毎日見ていなくても大切なもの
気がつけば物が溢れてしまうような生活をしてきたので、大切なものがすぐにどこかに埋もれてしまう。
毎日見ていなくても大切なものってある。家の中のどこかにあって、所有しているという事実で安心できているものってたくさんある。
定期的に整理整頓を繰り返していると、そのたびにそういう”埋もれてしまっていた大切なもの”が出てくる。
これがすごく不思議で、たまたま掃除をして久しぶりに目にしたものが、そのタイミングで必要になったり、それをきっかけにものごとに変化をもたらすことがある。
つい最近も、部屋の掃除を掃除をしたときに、7年ほど前に取材をして記事を書かせてもらった「20年をつづる母子手帳」が出てきた。これは、一般社団法人「親子健康手帳普及協会」が作成したもの。
役所でもらう母子手帳の多くは、6歳までのことを記録できるものが多い。娘は今10歳。母子手帳を開くことはもうほとんどない。
久しぶりに手にした「20年をつづる母子手帳」をペラペラめくると、そこには小学生以降の育児に大切なことがたくさん綴られていた。
「9歳の壁」の乗り越え方、思春期における「わが子を信じる」ということ、そして、最後のページには20歳になった子へのメッセージを書く欄があった。
この母子手帳を取材したときの私は、役所でもらった母子手帳を活用していた時期だったので、「20歳まで書けるほうが便利だな」くらいに思っていたけれど、10歳の娘を持つ母となった今、この「20年をつづる母子手帳」の中に綴られている、「子育て」についてのコラムがどれもすごく刺さる。
今の私にとって、この母子手帳を再び開き、中のコラムを読むことはとても大切で必要なことだった。
何気ない日常の中で……
その翌日、Xを見ていたら、「20年をつづる母子手帳」を探しているという人の投稿を見つけた。以前、中に書いてある「よい親とは…」という文章が忘れられず、手帳を購入できる情報を求めているものだった。
私が7年ぶりに手にした翌日に、SNSにこんな投稿を見つけるなんてすごい偶然。その数時間後、優しい誰かが購入できる場所を伝えていて、投稿者は無事に購入できたというところまで確認することができた。
この投稿を見て、私はこの母子手帳を作った、当時取材を受けてくださった方に7年ぶりにメールを送ってみた。
もちろん、連絡をするのはあの取材ぶり。「突然メールを送っても覚えていないかもしれないし、困らせてしまうかな」という気持ちはありながらも、この偶然は、きっとなにかのサインに違いないという気持ちが勝った。
メールを送った翌日、担当者の方からお返事が届いた。
「もちろん、覚えています」という出だしではじまるメールには、うれしい内容がたくさん書かれていた。
「また、メールをください」
掃除をしたことで再び手にした「20年をつづる母子手帳」。中身を見たことで、改めて子育てに必要なことを感じられ、SNSの投稿をきっかけにメールを送ったことで、再び担当者の方とのご縁がつながった。
何気ない日常の中の、何気ない行動が、人生を豊かにするきっかけになる。
まだまだ片づけたいところはたくさんある。次の掃除では、何が出てくるかな。