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走るのが嫌いになる子もいる。「勝ち負けってそんなに重要なの?」【トイトイの問い 第48話】

カルチャー

2024.09.07

私たちの日常にある「あたりまえ」。「どうして?」と問われたとき、はっきりと理由を答えられるものはどれだけあるでしょうか。「あたりまえ」への疑問の答えは、きっとひとつではありません。 トイプードルのトイトイと、猫のモラ。2匹の視点から生まれた疑問に、あなたなりの答えを見つけてみませんか?

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連載:トイトイの問い

勝ち負けってそんなに重要?

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遊びなのに勝ち負けがあるの?

娘が小さい頃。好きなように走り、好きな遊びをしていました。
そこに優劣とか勝敗はありませんでした。

でも、娘は成長するに従って走ることを拒むようになりました。
運動会の練習でいつも順位が低いことを気にして「どうせ足が遅いし」と言うようになったのです。
私は、ただただ「走ることが楽しい」ままでいてくれたら良かったのにと思いました。

以前、フィンランドの校長先生が日本のマラソン大会を見に来たときの動画を見たことがありますが、勝敗を競うためだけにただトラックを走らせるマラソンの様子に落胆していたようです。
運動はそもそも楽しいものなのに、競わせることによって負けた子に劣等感を感じさせ、運動を楽しくないものにしてしまう……と。

日本の体育の授業は、闘争心によって子どもたちの向上心を高めようとしています。
運動会も運動を頑張るというより「紅組・白組の勝利」のために頑張るような雰囲気がありますよね。何割かの子は「負けたくない」「もっと高い順位をとりたい」という理由で頑張れるかもしれません。でも、それを理由にして頑張れなくなる子もいるのです。

大人になってから本格的にスポーツというものを始めた人が、「体育の授業は嫌いだった」と言う理由を聞くと、「足が遅かったから」とか「試合で勝てなかったから」とかだったりするんですよね。

本来、身体を動かすことは健康のためにとても良いことです。
競技でもない、争う必要もない運動にまで勝敗による優劣をつけることで、今回のお話のような喧嘩が起こることもあるかもしれません。「負けたくない」ゆえに「運動苦手な存在がいると負ける」という感覚を子どもに持たせることは、果たしていいことなんでしょうか。

勝敗にこだわらず、ただ純粋に身体を動かすことを誰もが楽しめる運動が当たり前になってほしいですね。

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著者

水谷アス

水谷アス

発達障害のひとつ、自閉症スペクトラム障害(ASD)当事者でASD児育児中の母。 理屈っぽい変人と言われながら生きてきました。 そんな変わり者の思考をありのままに伝えることが未来の多様性理解のひとつに繋がることを願って、種まきのようにマンガ、文章、音声、様々な媒体で日々発信活動をしています。 読んだ人の心に新しい気づきが芽生えてくれたら嬉しいです。

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