前例がないことはダメなの?
かーちゃん…前例になれるかな
脈々と続いてきたものを終わらせたい、やり方を変えたい。
そういう行動に対して誰かが反対してくる理由というのが「前例がない」ということ。
確かに今までやってきたことを踏襲してやるほうが何事も簡単です。
失敗することも少ないでしょう。でも、失敗を避けて同じことをずっと続けることは果たして本当に大切なことなのでしょうか。
「流水不腐」(りゅうすいくさらず)ということわざがあります。
水は同じ場所に何日も放置すればいずれ腐ります。
しかし、何年同じ場所で流れ続けても、川の水が腐ることはありません。
汲んだときはどんなにキレイな清流の水だったとしても、入れ替えなければ腐るのです。
同じことをずっと続けるのは「この水は間違いなくいい水なのだ」と、汲んだ水を何年も入れ替えずに信じているようなものです。
「前例がない」ことは新しい流れです。
新しい流れを拒めば流れは止まります。
流れなければ腐るのは水でなくても同じことでしょう。
今回のお話はどこの学校でも悩ましい問題なのではないでしょうか。
親の働き方や文化の方は流れ続けているのに、PTAの活動形態は昭和の時代からほとんど変わらず、何十年も流れていませんでした。
最近各地で流れを変えようという動きも出てきており、活動形態を変える、無くしてみる、縮小する……など様々な変化が起こっているようですね。
もし自身が関わる活動にやりづらさを感じるなら「前例がない」ことにこそ挑戦して新たな流れを作ってみませんか?