想像していたのとは全く違う46歳
私事ながら、この週末に46歳の誕生日を迎えました。
いろんな意味で、20代の頃に想像していた46歳とは全く違うなぁと思いながらスタートした新しい歳。
26歳の私は、「ネガティブが服着て歩いている」と言われるような生き方をしていたけど、46歳の私は、「ポジティブの塊」と言われるような生き方ができている。
悩むことはあるし、腹が立つことだってあるし、いつまでたっても目の前にある大きな壁を乗り越えられずにイジイジしている部分があったりするけど、26歳の頃と違うのは、ネガティブな部分も含めて自分のことが大好きだということ。自分のことが大嫌いだった26歳の頃の私が今の私を見たら、きっと信じないだろうな……。
20代の悩める私を救ってくれた人
毎年、年齢を重ねる時期になると、これまでの人生で出会い、私の生き方に大きな影響を与えてくれた人たちのことを思い出す。
46歳、アラフィフと呼ばれる歳になる今年は、20代の頃、いつも私のことを心配してくれていた会社の経理のお姉さんのことを何度も思い出した。
どこを歩いても金木犀の香りがする時期、代々木公園に誘われた私はそのお姉さんと一緒に公園の真ん中にあるベンチに座りながらおしゃべりをした。
「死んだら終わりだからさ。生きてたら良いことって案外あるもんなのよ。出かける予定の日に天気が良かったらうれしいでしょ? ふらっと入った店のランチがおいしかったらラッキーじゃない? 人生ってそういう小さな良いことの積み重ねだからさ。死んだら、それ経験できないんだから」
突然、そんなことを言いだすので、「どうしたんですか?」と聞くと、私がそういう選択をするのではないかと心配をしていて、そのために公園に誘ってくれたということを話してくれた。
毎日毎日、「辛い、楽しくない。生きるの辛い」と言ってた私。まわりから見ていたらとても危なっかしく見えていたそう。
「これから私の人生に起こる良いことってなにかなぁ。想像つかないけど、きっとあるんだろうなぁ。楽しみだなぁ」(こんな風に思ってくれる人を悲しませるような自分は許せないなぁ)
あの日、代々木公園のベンチで言った自分の言葉と、その時に思った気持ちが私を強くしたように思う。
今年、なぜそのことをよく思い出すのかな? と考えたら、経理のお姉さんが46歳だったから。あのときのお姉さんの歳になった。
何歳だって新しい挑戦がいっぱい
若い頃、40代後半なんて人生の終わりかけで、いろんなことをやり尽くして余生を楽しむ歳くらいに思っていた。
いや、本当に失礼なことを思っていたなぁと反省する。
実際になってみた46歳は、まだまだ無限の可能性を感じられる歳だった。
まだまだやってみたいことはたくさんあるし、この歳で初めて経験することだってたくさんある。
人生の中に”推し活”がなかった私は今、娘の推し活の影響を受けて初めての推し活生活を送っている。
このコラムが更新される日も、娘と共にライブに参戦。しかも、関西遠征。
20代の頃の私からは考えられないことだ。
「絶対、無理。私はそういうことしない」。
自分でどんどん人生の可能性を狭くしていた私が、40代になって欲張りだなぁと思うほどに可能性を広げている。
前半が苦悩に満ちていた分、私は後半取り戻すぞ! という意気込みもすごい。
自分のために欲を持つのはとても良いことだ。
人生っておもしろい。
自分が求めれば、何歳からでも自分が今生きたい生き方ができるのだから。