倦怠期だと思っていた
楽しくて楽しくて、3年ほど夢中になっていたことがあったのだけど、ここ数か月、はじめた頃のような楽しさを感じなくなった。
長く続けていれば、楽しさレベルも変化するし、気持ちが冷めるときだってある。恋愛だって、夫婦生活だってそういうときってあるじゃない?
「あ、これは倦怠期か!」
楽しさは感じないけど、きらいではないという理由で続けてみてたけど、3月の頭くらいから、「ん-。これは倦怠期とは違うな……」という気持ちが強くなってきた。
同じ頃、一緒にやっていた友人から、「私、今月で辞めることにしたんだ」と連絡がきた。
友人から連絡をもらったとき、「私も辞めよう!」と思ったのに、「でも、また楽しくなるかも?」という気持ちがわずかに沸いて、「私はもう少しだけ続けてみるよ」と伝えた。
それから10日。「あ、もう戻らないな。私もやっぱりやめるタイミングなんだ」と思い、退会手続きをしに行ったら、2年しばりで契約をしていて自動更新したばかり。今、退会するなら「3万円がかかる」と言われた。
友人から連絡をもらい、「私も辞めよう」と思ったときに退会手続きをしていたら、かからなかったお金だ。
「辞めよう」と思ったのに、やめなかった理由
昨年くらいから、「自分の声をちゃんと聞く」ことを大切にしている。
これまで、誰かのために聞こえないふりをしてきた自分の声。
「こうであるべき」に縛られて、無視し続けてきた自分の声。
そういうのやめた! と決めて、自分の気持ちに正直に行動し生きることを意識してきた。
だけど、長年染みついたそのクセはなかなか抜けなくて、結果、3万円もの大金を違約金で払うということになる。
最初に感じた、「辞めよう」という気持ちに対して、「でも、また楽しくなるかも?」という答えを出したのは、自分の声を無視したものだ。
「辞めると言ったら、迷惑かな?」(と、思ってしまう自分がいるだけ)。
「楽しいと続けてきたのに、今辞めるの?」(はじめたことは、続ける”べき”という思いこみ)
そういう気持ちが、「でも、また楽しくなるかも?」。そんな“それっぽい理由”を優先してしまった。
でもやっぱり、私の中には、はじめた頃のように楽しむ気持ちは戻ってこない。
本当は、年明けくらいからわかっていたのに、自分の声を無視してきた結果がこれだ。
「自信」の正体
私はずっと自信のない人生を生きてきた。
「自信を持ちたいんです」。
私のセッションを受ける人もよく言う。この”自信”って、どうやったら持てると思う?
多くの人は、「できるようになったら自信が持てる」「結果が出たら自信がつく」という考え方をしている。
でも、これは勘違い。
“自信”というのは、外側から“つけるもの”ではなく、もともと持っていたものを“思い出すもの”なのだ。
「自信がある人」は、「自分の気持ちを裏切らない人」。
自分の本音に気づいたら、ちゃんとそれを大切にする。それが結果的に、「自信がある人」になる。
自分の声に耳を傾けて、その言葉に従って生きていくと、自然と自信がある人になっている。
私は今回、自分の声を聴き逃し、昔からのクセで「ねばならない」の行動をして、その結果痛い思いをしたのだけど、最初に感じていた、「楽しくなくなってきたから辞めよう」を感じられていた自分のことは、すごく成長できていると思えた。
5年前の私では、きっとその気持ちに気づけていない。
3万円は、その勉強代だ。(いや、めちゃくちゃ痛い!)。
でも同時に思った。「あぁ、私ちゃんと気づけてたんだな」って。
今回のことで、「自分の声に耳を傾けることの大切さ」と、「自分が感じていることは確か」という自信を感じた。
その価値がある経験に変えて、自信にも変えていこうと思う。
そして今、「自信が持てない」と感じている人がいたら、小さなことでいいから、「本当はどうしたい?」と、自分に聞く習慣を作ってみて。
そして、その答えを少しずつでも叶えてあげること。それを繰り返していくうちに、気づいたらきっと、「自信がある人」になっているから。




