心が「今」にいない私たち
「幸せになりたい」。
私たちはそう願いながら、今日も"まだ足りないもの"を探してしまう。
前回のコラム(隣の芝生の青さに見とれるより"自分の庭に咲く花の美しさ"に気づける人生を)に、「幸せは探しに行くものではなく、気づくもの」ということを書いたら、コラムを読んだ友人から、「気づくってことは、もうあるってこと?」と、LINEがきた。
そうなのだ。私たちは、「幸せになる方法」ばかりを考えるが、実はすでに持っている。ただ、気づけていないだけなのだ。
ではなぜ、私たちは、その幸せになかなか気づけないのだろう。
その理由の一つは、心が「今」ではなく、「過去」や「未来」にいる時間があまりにも長いからだと思う。
「あのとき、あんなことを言わなければよかった」
「もっと違う選択をしていたら、今頃は……」
と、過ぎた出来事を何度も思い返して後悔する。
一方で、
「この先どうなるんだろう」
「失敗したらどうしよう」
「老後は大丈夫だろうか」
と、まだ起きてもいない未来を心配する。
もちろん、過去を振り返ることも、未来を考えることも必要だ。
でも、幸せは、過去にも未来にも存在しない。幸せを感じられるのは、いつだって「今」だけなのだ。
仕事柄、多くの方のお話を伺っていると、「もっと自信がついたら幸せになれると思っていました」「もっとお金があれば安心できると思っていました」「子どもが大きくなれば、自分の時間ができて幸せになれると思っていました」という言葉をよく耳にする。
なぜか、多くの人は、「幸せは未来にある」と信じている。
でも、その未来がやってきても、人はまた新しい不安や新しい目標を見つける。
「いつか幸せになれる」と思い続けるうちに、大切な今日が静かに過ぎていく。
幸せは、日常の中にある
「今を生きる」という言葉の意味を考えてみてほしい。
人生は、過去にも未来にも存在しない。私たちが本当に生きているのは、”今この瞬間”だけだ。
朝、窓を開けたときに入ってくる風の心地よさ。
梅雨が明けて、朝から広がる青空。
お気に入りのコーヒーの香り。
家族や友人と交わす何気ない会話。
「おいしい」と感じながら食べる食事。
そんな当たり前のような出来事の中に、本当はたくさんの幸せがある。
それなのに私たちは、「もっと」を追いかけることに慣れすぎてしまった。
「もっと収入があれば」「もっと時間があれば」「もっと認められたら」。
持っていないものばかりを見つめていると、すでに手の中にある豊かさは見えなくなってしまう。
幸せとは、大きな出来事だけを指す言葉ではない。
何気ない日常の中で「ありがたいな」「心地いいな」と感じられる瞬間があること。
それこそが、人生を支えてくれる幸せなのではないだろうか。
今日を味わうことが、人生を豊かにする
人生は、”今日”の積み重ねでできている。
「いつか」を待っているうちに、一週間が過ぎ、一年が過ぎ、人生は静かに進んでいく。
だから私は、「未来の幸せ」を追いかけるより、「今日の幸せ」に気づける人でありたいと思う。
今日笑えたこと。今日誰かと話せたこと。今日も無事に一日を終えられたこと。そんな当たり前と思っていた出来事は、本当は決して当たり前ではない。
幸せは、どこか遠くに探しに行くものではない。今ここにあるものに気づく力こそが、幸せを感じるために必要なのだ。
一日の終わりに、「今日、うれしかったことはなんだろう」「今日、感謝できることはなんだろう」と、自分に問いかけてみる。
その小さな習慣だけでも、見える景色は少しずつ変わっていくはずだ。
過去でも未来でもなく、「今」を大切に生きること。
今日という一日は、二度と戻ってこない。
だからこそ、今ここにある幸せに気づける人でありたい。
その積み重ねが、きっと「幸せな人生だった」と思える未来につながっていくのだと思う。



