気づけば、時間だけがどんどん過ぎていく
「今年、時間が過ぎるの早くない?」
最近、いろんな人とこの話をしている。歳を重ねると、時間の流れはどんどん早く感じるものだけど、今年に関して言うと、若い人も「早い!」と感じているらしい。
なんでだろう? 今年は丙午だから?
年女、48歳の今年は、いろいろとやりたいと思っていたことがあったのに、今のところ思うようには進んでいない。
「今日、何してたんだっけ?」
そう思うほど、あっという間に1日が過ぎ、1週間が過ぎ、季節が変わっていく。
おもしろいことに、年齢を重ねるほど、やりたいことが増えていく。仕事もしたい。行きたい場所もある。会いたい人もいる。新しく始めたいことも、まだまだある。
時間がいくらあっても足りない。
そう思っているくせに、スマホを手にすると、ショート動画やSNSをぼんやり眺めている。気づけば30分、1時間。あとになって「この時間、本当は何に使いたかったんだろう」と思う。
そんな自分に気づいてから、少しずつスマホを手にする時間を減らしている。
きっかけは、夏休みの娘だった。
娘も、気づけばスマホを手に時間を溶かしている。隣で私も同じことをしているので、「スマホばかり見ないの!」とは、なかなか言えない。
だから、まず私が置くことにした。
自分ひとりだったら、「今日からスマホを見る時間を減らそう」と思っても、きっと何度も誘惑に負けてしまう。でも、娘に言う手前、という理由があると実行できる。
そう考えると、子どもの存在に助けられていることって、たくさんあるんだなぁと思う。
「時間を大切にする」って、どういうこと?
そして、ふと考えた。
私は「時間を大切にしよう」と思っていたけれど、時間を大切にするって、いったいどういうことなんだろう。
1分1秒を無駄なく使うこと?
やりたいことを全部予定に詰め込んで、効率よく動くこと?
以前の私は、どこかでそんなふうに考えていた気がする。
でも、48歳になった今は、少し違う。
何もしないでぼーっとする時間も、娘の推し活の話を聞きながら笑う時間も、コーヒーを飲みながら窓の外を眺める時間も、私にとっては大切な時間だ。
スマホを見てしまった時間だって、「なんて無駄なことをしたんだろう」と自分を責めるだけでは、また焦ってしまう。
大切なのは、何をしたかではなく、「私はこの時間をどう過ごしたかったのか」に気づくことなのかもしれない。
そう思うと、時間の使い方を変えることは、自分の生き方を少しずつ変えることでもある。
若い頃は、「いつかやればいい」と思っていたことがたくさんあった。
時間は、この先も当たり前に続いていくような気がしていたから。
でも今は、人生には限りがあることを、以前よりも現実的に感じるようになった。
だからこそ、やりたいことは先延ばしにしたくない。
会いたい人には会いたい。
行きたい場所には行きたい。
やってみたいことには、できるだけ挑戦したい。
でも同時に、何もしない時間も大切にしたい。
なぜなら、時間は「何かを成し遂げるため」だけにあるわけではないから。
子どもを育てているつもりが、私も育ててもらっている
今年、私は48歳になった。娘も午年生まれ。干支を1周したことになる。いつの間にか大きくなった。
中学生になった娘は、自分の予定を入れて朝から出かけ、夕方まで帰ってこない日も増えた。
いつかは自分の世界を持って、私とは別の時間を生きていくんだろうと思っていたけど、「もうそんな時期が来たの?」と、正直ちょっと驚いている。
子どもとの時間も、永遠ではない。
そう思うと、「もっと時間があればいいのに」と嘆くより、今ここにある時間をちゃんと味わいたいと思う。
娘に「スマホばかり見ないの」と言うなら、まず私がスマホを置く。
「ママ、これ見て」と娘がスマホを差し出してきたら、「あとで」ではなく、できるだけ顔を上げて一緒に見る。
そんな小さなことの積み重ねが、きっとあとから振り返ったとき、「あの頃、よかったな」と思える時間になるのだと思う。
子どもを育てているつもりだったけれど、振り返れば私も、子どもの存在にたくさん育ててもらっている。
時間が過ぎるのは、やっぱり早い。
だから、焦って追いかけるのではなく、今日という時間をちゃんと生きたい。
48歳の夏。
「何をしたか」だけではなく、「誰と、どんな気持ちで過ごしたか」を大切にしながら。そしていつか、「あの頃の私は、ちゃんと私の人生を生きていたな」と思えるように、今日を過ごしていきたい。



