意外と難しい子どもの勉強内容
子どもたちに求められる学力水準は年々高くなっていますよね。
小学生にヒントをもらいながら、芸能人がクイズにチャレンジする番組もあるくらいです。
例えば、こんな問題があります。
次の文の太字と言葉の働きが同じであるものを選んでください。
「セミの声を聞くと、昔住んでいた家での夏休みが思い出される。」
1.久しぶりに祖母の家に行くと、何かと気づかわれる。
2.A駅からB駅までは地下鉄でも私鉄でも行かれる。
3.他人から感じが悪いと思われるのは嫌だ。
4.校長先生が帰られるので挨拶をしてください。
実はこれ、小学校高学年で習う国語なんです。
難しいと感じた方は多いのではないでしょうか。
答えの難しさは去ることながら、子どもに教えるときは「正解に至るまでの考え方」を「子どもにわかる言葉で」で伝えなければなりません。
大人の世界を生きるなかで、子どものときに解けていた問題はわからなくなります。
わからないときにどんな風に答えるのか、問いを交わすのか、迷うところですよね。
つい言ってしまいがちな言い訳
「昔やったことはもう忘れちゃった」
「本当は知ってるけど答えを言ったら意味ないから」
「ママ頭よくないから知らない」
学校や塾の先生でなければ、問題に答え、回答方法まで解説するのは難しいものです。
ただそこで、学校の先生や塾の講師に一任してしまうと、子どもと勉強の楽しさを共有できなくなってしまいます。
また、子どもの視点に立つと、「なんで自分だけ勉強しないといけないの?」「大人はわかんないのにずるい」「こんな勉強どうせ必要ないんだ」と感じるときも。
令和に必要なのは、情報を得る力・選ぶ力
平成の時代、わからない問題を知るためにどのような手段を選んでいたでしょうか。
塾や学校の先生に質問する、成績の優秀な友達に教えてもらう、参考書から似た問題を見つける。
では、令和の時代はどうでしょうか。
まず子どもが手に取るのは、スマートフォンやタブレット端末になってきていませんか?
GoogleやYahooで検索すると様々な見解が飛び交い、数秒で回答にたどり着けます。
YouTubeでプロの塾講師が講義する動画が見れたり、Yahoo知恵袋で返信を待つ術もありますよね。
Twitterに書き込めば、専門家と繋がれる可能性だってあります。
親が一緒に考えることをやめると、子どもはネットで情報を得る時代といえるのではないでしょうか。
日々多くの人が情報を発信しているからこそ、無償で得られる情報が溢れています。
その中では、「適切な考え」も「偏った意見」も入り乱れていますよね。
何を選び、どんなことを知識としていくのか。
令和以降を生きていく子どもにとって必要なのは、情報を得る力と選別していく力です。
「知る楽しさ」「わかる嬉しさ」を共有する
受験に必要なのは、「この問題の答え」なのかもしれません。
一方、長期的に考えていくと、社会で生きていくときに必要なのは以下の3つの力です。
- わからないことを知ろうとする力
- 答えを見つけ、正しい知識を身につける力
- 調べてもわからないときに周りに協力を仰ぐ力
子どもが答えを持ってきたとき、一緒に知ろうとする親の姿勢こそ、子どもにとって一番のモデルになります。
そして、どんな方法を使えば答えを得られるのか。より適切なリソースから情報を選別していく力を示していく必要があります。
自力で調べてみてもわからないときは、知識を持つ人と繋げる、先生に質問を促すのも、大切な子どもとの関わりとなります。
「知識を得る楽しさを共有する」ことで、子どもの好奇心が育ちます。
子どもの知識を「お土産」として受け取る
子どもがわからなかった問題の答えを得てきたときの反応も大切です。
「なるほど」「こうすればわかるんだ」と知る喜びを示し、伝えていくのがおすすめです。
学んだことを、お母さんに教えてあげたいという気持ちは、さらなる学びに繋がります。
「答えを見つけられた経験」を、お土産として受け取ってみてください。
子どもの学びから、”知る喜び”、”わかる嬉しさ"、”考える尊さ”を、再発見できるかもしれません。