教えてくれたのは……郡司日奈乃さん
千葉大学大学院人文公共学府博士後期課程 在籍。一般社団法人Spice 代表理事。専門は教育方法学(授業実践開発研究)。
主権者教育や包括的性教育、アントレプレナーシップ教育、企業と連携した教育、探究学習など、現代的な諸課題を踏まえた教科等横断的な授業・教材づくりに関心があり、実践的に研究を行っている。日本思春期学会性教育認定講師、千葉市こども基本条例検討委員を務める。
学校は「LGBTQ」についてどこまで教えてくれるの?
――まずは今の小・中学校で「LGBTQ」についての教育は行われているのでしょうか?
ここ数年で周知されるようにはなった「LGBTQ」という言葉ですが、これまで学習指導要領では、「LGBTQ」や「性的マイノリティ」という言葉は使われていなかったので、多くの公立の学校では授業で取り上げてきませんでした。しかし、社会が多様性を尊重しようという方向に転換したことで、2024年度の春に配布される小学校の教科書に「LGBTQ」という言葉も掲載されることになりました。よって、来年度から教育現場でも取り上げる機会が増えることが予想されます。これはとっても大きな一歩です。
――町中でもスラックスの制服を来た女子生徒を見かける機会が増えましたが、日本の教育現場もようやく動き出したという感じですね。
そうですね。これまで学校の制服といえば、「男子はスラックス、女子はスカート」と、明確に分かれていました。しかし、性同一性障害の当事者に配慮するためだったり、痴漢被害を恐れる生徒に向けてだったりと、さまざまな制服を導入する学校が増えてきました。これはたいへん喜ばしいことではありますが、この際の声かけで失敗してしまう学校も中にはあるので注意が必要です。
たとえば「今年から新しく女子用のスラックスを用意したので、女の子でもスラックスを履いてきてもいいですよ」と告知をしてしまうと、あくまでもスラックスはオプションであり、スラックスを履いてきた人は前述したような当事者であるような印象を受けてしまいます。一件、配慮しているようではありますが、じつはとても差別的な言い方です。
そこで千葉県のある学校では「男女ともに上はブレザーにネクタイ、下はズボンのスタイルが基本とし、オプションとして男女問わずリボンとスカートを選択できる」とアナウンスしたそうです。自由に選択できることは「個性」や「自分らしさ」を表現することにもつながります。このように表現の仕方ひとつでかなり印象が変わります。
――なかなか男子にスカートを履けますよ、とアナウンスしても実際に履いてくる子は少ないのではないでしょうか。
男の子の当事者で実際にスカートを履く生徒はいないかもしれませんが、それでも「選択できる」ということに大きな意味があると思います。
――たしかに、すべての生徒に選択の余地があることを明確にすることに意味がありますね。
もしわが子が性的マイノリティだったときは
――次に親が家庭で子どもにできることを聞かせてください。わが子のこととはいえ、心の中まではわかりません。まずは、子ども自身が性的マイノリティではないかと気づき始めるきっかけとしては、どのようなことがあるのでしょうか。
自分の性に対して違和感を覚える時期は一人一人異なっており、さまざまです。例えば「ランドセルの色を選ぶとき」とか「着る洋服を自分で選ぶようになった時期」、「中学校の制服でスカート/スラックスを履くことになったとき」が挙げられます。アセクシャル(他者に対して性的欲求を抱くことが少ない、またはまったく抱くことがないセクシャリティ)の人であれば「恋愛の話(好きな人の話)」をするときに違和感を覚える場合があるようです。
――もし子どもが性的マイノリティだった場合、親としてどのような声掛けやサポートをすればいいでしょうか。学校などで困っていたらどのようにサポートすればいいでしょうか。
まずは当事者自身が「カミングアウトするかどうか」が重要だと思います。カミングアウトを受けた場合には、親として何をして欲しいのか、どのようなことをサポートしてほしいのか、子どもとの対話の中で1つずつ丁寧に確認することが求められます。
特にやってはいけないことは「アウティング」といって、本人に許可を得る前に誰かに話してしまうことは絶対にやめてください。今後の信頼関係に響きますし、最悪の場合には自死に繋がってしまいます。
また学校との関わり方についてですが、親自身が「良かれと思って行動する」のではなく、子どものマイクになったつもりで教員等に交渉することが大切です。マイクのON・OFFを決めるのも子ども自身であることを忘れてはいけないと思います。
大切なのは、親の「当たり前」を子どもに押し付けないこと
――LGBTQに関して今後、教育現場ではどのようなことが課題だと思いますか?
「LGBTQ」という言葉は、Lはレズビアン(女性同性愛者)、Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシャル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(心と体の性が異なる人)、Qはクィアまたはクエスチョニング(性自認が定まらない人)と、セクシャルマイノリティの当事者を表す頭文字をつなげた略語ですが、このこと自体をよくわかっていない子どもも大勢います。
LGBの場合は性的指向に関わることですが、Tは自分の性別をどう認識しているかといった性自認のことなので少し違います。またQにおいては、性自認と性的指向が決まっていないセクシュアリティです。それぞれで抱えている問題が違う場合があるので、「LGBTQ」をひとくくりにして考えること自体が危険です。
2015年に文部科学省が「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通知を出したので、日本の教育現場も少しずつではありますが変わってきています。
しかし、まだまだ地域によって温度差があります。今後はそこの格差をなくすことが課題でもあります。
――「LGBTQ」について知識がまったくないという小学生くらいの子どもには、家庭ではどのよう声かけをするといいでしょうか。
大人は子どもに説明するときに「偏見を持たさないように」と試行錯誤するかと思いますが、まだ思考がそこまで成長していない子に「偏見を持たないように」と説明しても難しいと思います。ですから性教育やLGBTQ問題に触れるときは、子どもの目線に立って「伴走」してあげてほしいです。たとえば、それらのことが書かれている絵本を読んで一緒に考える、ニュースで話題になっていたら隣に座ってお互いの意見を出し合うなど、きっかけ作りが大事です。
高学年であれば「○○らしさ」に言及することはタブーです。テレビを見ているとき、買い物をしているとき、世間話をしているときなど、ふとした瞬間で出てきてしまうかと思いますが、見直していくことが重要です。親がこれまで生きてきた中で身につけた「当たり前」を子どもたちに押し付けないようにしてください。また「当たり前を押し付けてしまっていたら、指摘してほしい」など、事前に子どもに伝えておいてもいいでしょう。
郡司さんに教育現場におけるLGBTQ教育の現状と、今後の課題について教えてもらいました。「LGBTQ」に関しては思春期以降に自認する子どもが多いため、学校や家庭での支援や対応の在り方はとても重要です。今回のお話を聞き、日本も少しずつ変わってきている様子が知れて少し安心しました。