「なんでもいい」が口癖になっていない?
友人と、久しぶりにランチの約束をした。
日時が決まったので、「何を食べたい?」と聞くと、「なんでもいいよ」と返事がきた。
彼女は、普段なかなかランチに出かける時間が取れない。だからこそ、せっかくなら彼女が食べたいものを食べに行きたいと思った。
「和食、洋食、中華だとどれがいい?」
「どれもいいなぁ」
「最近食べてなくて、食べたいものとか、行ってみたかったお店とかない?」
「ん~、ないんだよね。おすすめのお店に連れてってよ」
あまりしつこく聞くのもなと思い、最近私が好きなお店のURLを送ると、「おいしそう! ここにしよう!」と返事がきた。
約束の日。お店でメニューを見ながら、「どれにしようかなぁ」と長い間悩んだ彼女は、最終的に私が頼むものと同じメニューを注文した。
そして、ぽつりと言った。
「お店、ありがとう。最近さ、自分が何を食べたいのかとか、行きたいお店とか考えても、全然浮かんでこないの」
友人は、食べたいものがないのではなくて、自分が何をしたいのかを考えること自体を、いつの間にかしなくなっているのかもしれないと感じた。
考えてみれば、私たちの毎日は、「私はどうしたい?」より「どうするのがいい?」を考えることのほうが多い。
家族が食べたいものを優先して、仕事では周りの状況を見て動く。休日だって、家族の予定や用事が先。
「何食べたい?」と聞かれれば、「なんでもいいよ」。
「どこに行きたい?」と聞かれれば、「どこでもいい」。
「何したい?」と聞かれれば、「特にないかな」。
そんなふうに答えることが、いつの間にか当たり前になっている。
でも、本当に「なんでもいい」のだろうか。
「今日はお寿司が食べたい」
「このお店に行ってみたい」
「今日はひとりでいたい」
「今週はもう予定を入れたくない」
そんな小さな気持ちは、実はたくさんある。
ただ、それを口にする前に、「相手はどう思うかな」「みんなはどっちがいいかな」と考えて、自分の希望を引っ込めてしまうことに慣れすぎてしまっている。
「自分が何をしたいのかわからない」のは、気持ちがなくなったからじゃない
40代になって、「自分のことがよくわからなくなった」という話をする友人が増えた。それは、40代になったから失ったものではないと思う。
私たちはこれまで、妻として、母として、仕事をする人として、娘として、誰かの友人として、たくさんの役割を担ってきた。
その中で、「私はどうしたい?」より、「どうしたらみんなが困らない?」を優先することを覚えてきた。
だから、いざ「あなたはどうしたい?」と聞かれると、答えが出てこない。やりたいことがないのではなく、自分の気持ちを聞くという習慣がないからだ。
いきなり、「人生で何がしたい?」なんて大きなことを考えなくていい。
「今日、何が食べたい?」
「今、何をしたい?」
「今日は誰かに会いたい? それともひとりでいたい?」
まずは、そんな小さな問いからでいいから、自分の気持ちを聞く練習をはじめる。
40代になったら、まずやってみてほしいことだ。
「今日は何もしたくない」だって、立派な答え。
自分を大切にするというのは、何か特別なことを始めることではなくて、自分の小さな「こうしたい」を、なかったことにしないこと。
40代からは、「私はどうしたい?」を人生の真ん中に
私は、40代からこそ人生は楽しい! と思っている。それを、今、自分の人生で実感している。
だからこそ、一人でも多くの、”年齢を重ねることにネガティブなイメージを持つ女性たち”に、それを伝えていきたいと思っている。
ただ、年齢を重ねれば、何もしなくても人生が楽しくなっていくわけではない。
若い頃から、酸いも甘いも経験してきた。
うまくいかなかったことも、傷ついたことも、後悔したこともある。
でも、その経験があるからこそ、これからの自分にとって「必要なもの」と「もう必要ではないもの」を、少しずつ見分けられるようになってきた。
若い頃は、人生を豊かにするために、何かを足そうとする。
新しい経験、新しい人間関係、新しい仕事、新しいもの。
でも40代からは、少し違う。
人生を楽しむために必要なのは、何かを足すことではなく、そぎ落としていく作業なのだと思う。
もう無理をしなくていい人間関係。
「こうあるべき」という思い込み。
誰かに嫌われないための我慢。
人の期待に応えるための頑張り。
これまで抱えてきたものの中から、「これはもう、私には必要ない」と手放していく。
そのためには、自分にとって何が必要で、何が不要なのかを選ぶ力がいる。
そして、その選択力や決断力こそ、これまで生きてきた経験がある40代だからこそ、身につけられるものなのではないだろうか。
だから私は、40代からの人生は、もっと面白くなると思っている。
「何が食べたい?」と聞かれたときに、「なんでもいい」ではなく、「私はこれが食べたい」と言えること。
「どうしたい?」と聞かれたときに、自分の答えを探せること。
そんな小さな選択から、人生は少しずつ変わっていく。
40代からは、誰かの期待に応える人生だけではなく、自分で選ぶ人生へ。
足すのではなく、そぎ落とす。
そして、自分にとって本当に大切なものを残していく。
それができるようになったとき、年齢を重ねることは、怖いことではなくなる。
むしろ、「これからの人生が楽しみ」と思えるようになるのだと思う。



