第91回 佐藤千佳子(31)モブキャラに秋がしみる
焼きいもが売れている。1時間前に補充した30本が早くも売り切れた。前の週の倍のペースだ。
♪ほくほく ほくほく ぼく焼きいも
あどけない男の子の声が「ほくほく」と繰り返す売り場ソングを流し始めたら、弾みがついた。冷え込みが一段と厳しくなったタイミングも相まって、温めても温めても売れていく。
歌を流したままにしていると、お客さんが足を止めてしまう。千佳子は補充のいもを3段重ねに並べると、「温め中」の札を出し、歌の再生を止めた。静かになったところに野間さんの足音が近づいた。
「売れてるね」
野間さんの口調もほくほくしている。焼きいもが売れたからといってパート従業員に大入り袋が出るわけではないのだが、野間さんが喜ぶのには理由がある。焼きいも販促ソングを見つけてきたのは「美枝子ちゃん」で、その美枝子ちゃんをパートにスカウトしたのは野間さんなのだ。
「売れてますね」
千佳子は戸惑いがちに言う。千佳子が戸惑うのにも事情がある。目をやった先、新入りパートの「美枝子ちゃん」がレジに立っている。商品のバーコードにレジが反応するたび、「よし」と言うように小さくうなずくのが初々しいが、年齢は70代後半だ。
まさか、義母とパートの同僚になる日が来るとは。
「今さら離婚するのは億劫だし面倒だけど、あの人と暮らすのは勘弁して欲しい」
義母の家出は、気まぐれではなく本気だった。ぎりぎり持ちこたえていたのが「1週間は日曜から始まるか月曜から始まるか」論争で止めを差したらしい。
家のローンの頭金は義父母に助けてもらったので、「好きに使わせてもらっていいでしょ」と大きな顔されてもこちらは文句を言えないのだが、「落ち着き先が見つかるまで居させてね」と義母は慎ましかった。
「食事は別々でいいのよ」と言われたが、そういうわけにはいかない。だが、好き嫌いは言わず、味つけに文句もつけず、出されたものをきれいに食べてくれる。実に手がかからない。
台所に並んで立つことはしない代わり、出かけた先でお惣菜やお菓子を買ってきてくれる。100グラム500円もするサラダを買ってきたりもする。
千佳子のテリトリーは侵さないが、千佳子が眠っている間に、洗い終えた食器が棚に納められていたり、キッチンのシンクが磨き上げられていたりする。真夜中に靴をこしらえる小人のように。それでいて恩着せがましさが一切ない。お礼を言うと、「これくらいさせて」とサラッと言う。
「人に気を遣わせない選手権」があれば優勝するのではないかというくらい、義母の居候ぶりは理想的だった。「ばあば、ずっといてくれてもいいよね」と文香が言い、夫がうなずき、義母がありがとうと微笑む。千佳子だけは笑顔が心なしか引きつる。自分の家なのに居場所が削られていくような居心地の悪さを覚えて。
このまま同居を続けられると身が持たない。
野間さんに相談すると、「自分の母親だって気を遣うもんね」と同情された。
「気を遣うというのとは違うんです。気が滅入るに近いのかな」
何をやっても義母にはかなわない。義母は映画もよく見ているし、本もよく読んでいる。そのタイトルのどれ一つとして千佳子は聞いたこともなく、「そんな作品があるんですか」「面白そうですね」という気の利かない返ししかできない。
「ばあばって、なんでも知ってるね」と文香が言うたび、
「わたしは何も知らない」と落ち込む。
幼い日から劣等感を募らせ、こじらせることにかけては人一倍経験が豊かだと自負しているが、40代半ばになって義母と自分を比べてしんどくなってしまうとは。
「佐藤さんは佐藤さんが思ってるよりずっと面白いんだけどね」と野間さんは言い、
「その佐藤さんよりもっと話題豊富なお義母さんに会ってみたいな」と言ってくれた。
「佐藤さん抜きのほうがいいよね」という野間さんの提案で、義母が一人でノマリー・アントワネットの庭に招待された。お茶からお酒に変わり、「晩ごはん食べていく?」となり、「遅くなったから泊まっていく?」となり、「美枝子ちゃん」「喜和子ちゃん」と呼び合う仲になった。つき合いの長い千佳子とは「野間さん」「佐藤さん」と呼び合っているのに。
「美枝子ちゃんが泊まってくれて、久しぶりに朝までぐっすり眠れたの」と野間さんに喜ばれた。野間さんが不眠に悩まされていたなんて千佳子は知らなかった。悩みを打ち明けられる前に義母が解決してしまった。
「美枝子ちゃんに、うちに住んでもらっていい?」
野間さんの家が、義母の落ち着き先になった。
義母がパートに入ることになったのは、千佳子も関係している。中学校の保護者会と重なっていることがわかり、パートを急遽休むことになった日、野間さんが千佳子の代わりに送り込んだ新入りパートが「美枝子ちゃん」だった。
そして、焼きいもが売れ始めた。
みんなが喜んでいるのに、自分だけが喜べない。この取り残され感に千佳子は覚えがある。というか、なじみがある。一緒に作り上げた実感を味わえないまま本番を迎えた文化祭の演劇。カーテンコールで涙ぐむクラスメイトたちを、ほぼ舞台袖に隠れている端っこから見ていた。あのときの感覚が蘇る。
モブキャラ。画面を埋めるその他大勢のキャラクターのことをそう呼ぶのだと文香に教えてもらった。
おかしい。ついこないだ主人公になった気分を味わっていたのに、いつの間にか光の外側にはじき出されている。
妬いているのか。いじけているのか。一言で言えば、面白くない。
ふと、義父の顔が思い浮かんだ。
1週間が日曜から始まるか月曜から始まるかで義母と喧嘩した義父は、それくらいしか義母と張り合えるものがなかったのではないだろうか。
定年退職した義父は家で過ごす時間が増え、義母は外に出る時間が増えた。義母には行き先があり、友人がいて、やることがある。義父の世界が狭くなっていくのと引き換えに義母の世界は広がり続けている。
義父もまた面白くなかったのではないだろうか。取り残されたような淋しさを味わっていたのではないか。
突然、義父への同情が湧いた。同志の念がこみ上げた。
野間さんと義母よりひと足早く上がり、最後の2本になっている焼きいもを2本とも買い、千佳子は夫の実家へ自転車を走らせた。
義父とは夫が連絡を取っている。義母がいなくても一人で家事をこなしているそうだが、手が震えるし、火の元も心配だ。レンチンで食べられる冷凍のお弁当を定期購入し、2週間に一度届くようにしているが、独りでお弁当を温めて食べるのもわびしいだろう。焼きいもを届けがてら義父の様子を見て来よう。
「お義母さんは元気にやってますので心配いりません」
ペダルを漕ぎながら、義父にかける言葉をブツブツと練習する。モブキャラにセリフと見せ場を作ろうとしている。勝手だなと自分に呆れるが、わたしらしいなとも思う。今の自分なら義父の気持ちを誰よりもわかってあげられるし、義父なら今の自分の気持ちもわかってくれる。
誰も間違っていない。義母も、義父も、わたしも。
ペダルを漕ぐ足に力が入る。こんなに義父に会いたいと思ったのは初めてだ。
次の物語、連載小説『漂うわたし』第92回 佐藤千佳子(32)「焼きいもを分け合う誰かがいれば」へ。
編集部note:https://note.com/saita_media
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