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連載小説『漂うわたし』第118回 伊澤直美(40)「あの日の花をもう一度」

カルチャー

2023.06.10

【前回までのあらすじ】同期入社のタヌキ(田沼深雪)が高校時代に救われたという映画を観る直美。ソファで並んで観るイザオと心の距離を感じる。タヌキとマトメ(的場始)の結婚パーティー当日、イザオはスマホを置いて行こうと提案する。ひまわりバッグのことをつい検索してしまう直美に気づいていたのだ。直美もスマホを置き、娘の優亜を真ん中にしてイザオと手をつないで家を出る。

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連載:saita オリジナル連載小説『漂うわたし』

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漂うわたし

第118回 伊澤直美(40)あの日の花をもう一度

大人数が集まる場所に優亜を連れて行くのは初めてだった。直美自身も最後がいつだったのか思い出せない。

この店に来るのも3年ぶりだ。毎年結婚記念日に予約を入れていたが、2年続けて来れなかった。その間に優亜が生まれ、もうすぐ1歳5か月になる。

店に着き、ドアを開けると、支配人のエザキさんの顔があった。

「エザキさーん」

直美の声が若やぐ。エザキさんに会うと、結婚パーティーをした頃に気持ちが戻る。

エザキさんは腰をかがめて優亜と目線を合わせると、「はじめまして、優亜ちゃん」と挨拶した。
「はじめまして」と回りきらない舌で優亜が応じる。
「あれ? 娘の名前、お伝えしてましたっけ」とイザオが言う。
「今日のおふたりからうかがっています」

7年前、直美とイザオに結婚をけしかけたマトメとタヌキがこの店を見つけ、打ち合わせも一緒に出てくれた。タヌキの心を射止めたい一心のマトメがパーティーの準備にかこつけてタヌキと会う口実を作り、距離を縮め、パーティー当日の3次会の帰りに8年越しの片想いを実らせたのだった。

その後、タヌキとマトメは何度も店に足を運び、「結婚するときはぜひこちらで」とマトメは言い続けていたが、なかなか実現しなかった。

ようやく具体的に話を進めようとしたら、「ザ・披露宴」を求めるタヌキの両親の反対に遭い、レストランウェディング計画は宙に浮いてしまったが、予約の延期を重ねるうちに式場が取れなくなり、計画が再浮上したのだった。

「長かったですね」と直美が言うと、
「熟成しました」とエザキさんがしみじみと言い換えた。

この日を迎えられ、一番ほっとしているのはエザキさんかもしれない。

「こうえん!」と優亜が声を上げた。優亜の目の高さ、近づいてきたタヌキのウェディングドレスの裾に明るい緑が広がり、野原のように見える。一面に施された刺繍は、ひまわりではなくクローバーだった。

ドレスのウエストから下

「優亜〜」とタヌキが両手を広げると、優亜がタヌキ目がけてタタタッと進む。ドレスを踏んづけないかと直美はハラハラするが、優亜は裾の手前で立ち止まった。

「あ、カモミールのお花。可愛い」

タヌキが優亜の髪飾りの白い花に気づいた。朝、優亜にねだられて、ベランダに咲いているカモミールの花を髪に挿した。タヌキとマトメが育てている株を分けてもらって植えたものだ。

「テーブルのお花もお揃いだよ」とタヌキは言い、「そこ同期テーブルだから!」とホールウェイに一番近いテーブルを指差した。優亜がぐずったときに出入りしやすいよう、気遣ってくれたらしい。

新郎新婦テーブルからは一番遠いので、同期のみんなに悪いねとイザオと話したが、テーブルの位置は関係なかった。パーティーが始まると、新郎新婦の姿はテーブルにはなく、マイクを持って出席者のテーブルを回っていた。

「ハーブのいい香りがしてます。今日のテーブルのお花、新郎が初めて新婦に贈った花束を再現したものだとうかがっていますが」
「って新郎本人が振るスタイルなんですね?」
「ゆるっと始まっておりますが、申し遅れました。わたくし、本日、新郎をやらせていただいております始です」
「新婦をやらせていただいております深雪です」

「やらせていただいております」という言い方に、くすくすと笑いが起こる。司会を立てず、新郎新婦自ら進行するスタイルらしい。

直美とイザオのパーティーの司会をしたのもマトメだった。あのとき、マトメはタヌキと組みたかったのだが、タヌキは「そういうの苦手だから」と断った。花嫁より目立ってしまうのを避けたのかもしれない。でも、今日は遠慮なく主役になれる。

ハーブ

「ハーブの花束を受け取って、いかがでしたか」とマトメに感想を求められ、「ウケ狙いなのかなと思いました」とタヌキが答える。

「大きな薔薇の花束とかもらい慣れているだろうから、あえて素朴な草花で爪痕を残そうと? そんな風に見えていたんですね。そのとき新郎が言った言葉を覚えていますか?」
「うちの庭に咲いていたから、と」
「それを聞いて、どう思いましたか?」
「そこもウケ狙いなのかなと」
「全然心を開いてくれてません! ここから結婚に持ち込める気がしません!」

マトメの自虐トークに同期入社テーブルの笑いが弾け、他のテーブルの笑いが追いかける。新郎の苦労話を喜劇として楽しむという趣旨を理解し、戸惑っていた会場の空気がほぐれる。途中で飽きてぐずるのではないかと心配していた優亜も、つられてケタケタと笑っている。

「うちの庭というのは、生まれ育った群馬の家の庭なんですが、今日、その花束を再現できたのは、あの年と同じ花が咲いているのと、新婦があの日の花を覚えていたからなんですね」

「ええっ」と意外そうな声が上がり、「そうなんです」とマトメが勢いづく。

「深雪さん、実はうれしかったんですね」
「写真に撮ってただけです」
「15年前の写真を大事に取ってたんですよね?」
「新郎、にやけすぎです」

「おノロケ、ごちそうさま!」と同期組のシバキ(柴田五月)がよく通る声で冷やかす。
「言われてるよ」とタヌキがマトメに突っ込むと、
「ふたりとも!」とタヌキの大学時代の友人テーブルから声が上がった。
「新婦もノロケております」とマトメが乗っかり、
「ええっ」とタヌキが否定したところに、

「おんなじ」と絶妙なタイミングで優亜の声が入った。会場の視線を集めた優亜は、小さな指でテーブルの花と髪飾りの花を交互に指差す。会場が「おんなじ」のリズムでうなずく。

「新郎も新婦もおんなじ、おんなじ。1歳のお子さんから見ても、似たもの夫婦ということですね。では、ここで、ハーブを育てて36年、的場博美さんにお話を聞きましょう」

マイクを向けられたのが、マトメのお母さんだとわかった。

「ハーブは、息子ほどは手がかからないんですよ」

マトメ母のキレのいい言葉に拍手と笑い声が起こった。

マトメ母はマトメの幼なじみらしき男性たちと同じテーブルにいる。タヌキの両親は来ているのだろうかと直美は会場を見回すが、それらしき年配の出席者は見当たらない。

7年前、直美の両親も来なかった。父とは疎遠になっていて、母は当日になって連絡も寄越さず欠席した。

四つ葉と三つ葉

「母にはもう一つ感謝しています。就職活動で20社に落ちた新郎に、まあ落ち着いてこれでも食べなさいと出されたのが、なぜか、ひよこ豆。箸でつまみにくい! 袋をひっくり返して口に放り込んで食べました。袋に印刷されていた会社名は、アイタス食品」

関係者テーブルが「おおっ」と反応する。

「今となっては、落としてくれた20社にも感謝です。もし他のところに決まっていたら、新婦との出会いはありませんでした」とマトメはキメたつもりだったが、
「その前に、拾ってくれたアイタス食品に感謝しましょう」とタヌキに突っ込まれた。

「そうですね。同期入社していなかったら、今日のパーティーはありませんでした」とマトメが言い、「あと、あの映画がなかったら」と続けた。

「あの映画?」

反応した直美とイザオの目が合った。

 

次の物語、連載小説『漂うわたし』第119回 多賀麻希(39)「ドレスに蒔いた種」へ。

編集部note:https://note.com/saita_media
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著者

今井 雅子プロフィール

今井 雅子

脚本家。 テレビ作品に連続テレビ小説「てっぱん」、「昔話法廷」、「おじゃる丸」(以上NHK)。2022年「失恋めし」をamazon primeにて配信。「ミヤコが京都にやって来た!〜ふたりの夏〜」(ABCテレビ)を9月30日より3夜連続で、「束の間の一花」(日本テレビ)を10月期に放送。映画作品に「パコダテ人」、「子ぎつねヘレン」、「嘘八百」シリーズ(第3弾「嘘八百 なにわ夢の陣」2023年1月公開)。出版作品に「わにのだんす」、「ブレストガール!〜女子高生の戦略会議」、「産婆フジヤン〜明日を生きる力をくれる、93歳助産師一代記」、「来れば? ねこ占い屋」、「嘘八百」シリーズ。音声SNSのClubhouseで短編小説「膝枕」の朗読と二次創作をリレー中。故郷大阪府堺市の親善大使も務めている。

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