第192回 多賀麻希(64) 遺伝子を残す
「今年ってバラの当たり年だったんだって」
庭のバラの花殻を摘みながら、モリゾウが言った。
全国のバラがしめし合わせて、今年は本気で咲きましょうとか、ほどほどに咲きましょうとか、足並みを揃えているのだろうか。
リビングから庭を見ている麻希はそんなことを思う。
野間さんの留守宅の庭に植っているバラは、大輪の花をこれでもかと咲かせた。お隣さんのバラもよく咲いていた。
野間さんの家の庭のバラは、元々お隣さんのバラだったらしいというのは、最近お隣さんと垣根越しに言葉を交わすようになったモリゾウ情報だ。
お隣さんは朝が早く、ラジオ体操の時間よりも前に庭仕事をしているという。年配の夫婦の夫人のことかなと想像していたら、息子さんだという。年は30代半ばくらい。野間さんの息子さんたちと年齢が近いので、幼なじみかもしれない。
お隣さんの息子さんのことをモリゾウから聞いたとき、
「息子さん、前は住んでいなかったよね。いつから一緒に住むようになったんだろ」
麻希がそう言うと、
「俺とマキマキだって、前はいなかったよ」
モリゾウはそう言って笑った。
荻窪のアパートから野間さんの留守宅に引っ越してきたのは、去年の5月だった。
アムステルダムから一時帰国中の野間さんにこの家を案内されたとき、麻希はこの家に住む自分たちを想像できなかった。野間さんと家族が刻みつけた生活の痕跡と人のにおいが濃厚に残っていて、それが麻希にはうるさく感じられた。インスピレーションが迷子になりそうだった。
だが、モリゾウはここに住むことを決めていた。足りないことに不満を抱かず、余計なものにも惑わされない。電気さえつけば幸せな人だから。
茶色が目立った庭をモリゾウが植えたクローバーの緑が覆ったように、麻希とモリゾウもこの街に根を下ろし、生活面積を広げている。
肉を買うならあの店。豆腐を買うならあの店。甘いものを買うならあの店。お気に入りの店や場所をつないだ散歩コースができ、顔見知りがふえた。
ずっと前からこの街に暮らしているような気がしているが、まだ一年ちょっとしか経っていない。
「花が終わったバラを挿し木にして、根が出たら分けてくれるって」
モリゾウはこの庭にもっとバラを咲かせるつもりだ。この家で暮らす時間が長くなるほど、植物も自分たちも根づいて、離れられなくなってしまう。
野間さんがアムステルダムを引き上げる日はまだ決まっていないが、突然思い立って行動に移したらしいから、帰ってくるときも突然かもしれない。そのとき、次に住む部屋をこの街で探してしまいそうな気がする。
「戯曲デジタルアーカイブってのがあって」
花殻を摘み終え、リビングに戻ってきたモリゾウが言った。
「それって上映会?」
「いや、データベースって言えばいいのかな。そこに登録している戯曲は誰でも読めて、上演申請もできるらしくて」
「また舞台をやるの?」
「いや、そこに戯曲を登録して、誰かに見つけてもらって、上演してもらえたらって」
「どの戯曲?」
麻希はそう聞いたが、モリゾウが答える前に答えはわかっていた。
『たとえこの雪が溶けてしまうとしても』
その舞台の公演から半年ほどして『雪だるまの涙』という連ドラが放送された。医療ミスで記憶の蓄積ができなくなった夫とその妻が結婚前のヒロインとその婚約者に置き換えられていたが、消えゆく記憶を溶けゆく雪に重ねる設定がそっくりだった。
「リフォームしても間取りは変わってない家っていうか、メロディは違うけどコード進行は同じ曲っていうか」
モリゾウは戯曲が盗まれたと確信した。実際、ドラマのプロデューサーが舞台を見ていた。出演者の一人が招待したのだった。どういうことかプロデューサーに聞いて欲しいとモリゾウは頼んだが、出演者は拒んだ。
「似てるのは雪だるまだけ」と言って。
その出演者というのが、モリゾウが役者名をつけた高低差太郎だ。彼を「古墳王子」として売り出したのが、『雪だるまの涙』を最後にドラマ部を離れ、バラエティ部に異動になったプロデューサーだった。
古墳王子は、演劇仲間のモリゾウよりもプロデューサーとの関係を守ったのだった。
モリゾウがされたことは、麻希がケイティにされたことに重なる。盗まれたことは確かなのに、相手がシラを切れる余地があり、追及しきれない。相手もそれがわかっている。盗みたくなるくらい良い作品だったのだと自分に言い聞かせても、それは盗まれても良い理由にはならない。
盗んだ側が大きな顔をして、盗まれた側は萎縮し、沈黙し、埋もれていく。忘れられていく。盗まれたという事実も、作品も、作者自身も。
「戯曲を公開しようと思ったのって、型紙を公開したらってわたしに言ったのと同じ理由?」
麻希が聞くと、モリゾウは静かに答えた。
「いちばん辛いのって、あんなもの生み出さなきゃ良かったって思ってしまうことだから」
「ああ」と麻希は息をつく。
自分の作品を守りたい。ただそれだけなのに。こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ、生み出さなければ良かった。
作品をそう思ってしまうことは、作者自身にはね返る。
「同じことを他のヤツだって思いつくかもしれない。俺より前に思いついたヤツもいたかもしれない。それでも、生まれ落ちた形は違うんすよ。戯曲は設計図で、設計図って収まりをつけるもので、バラバラの要素をどう配置して、どうまとめるか、それは作者が悩み抜いてもがき苦しんで獲得したものなんすよ」
モリゾウの「〜すよ」という語尾に麻希は懐かしさを覚える。新宿三丁目のカフェで初めて会った日から、モリゾウはその口調だった。荻窪の麻希の部屋に転がり込んでからもしばらくは。
緩衝材のような言葉なのだと思っていた。スキー場のリフトの支柱に巻きつけてあるマットのようなもの。うっかり距離を詰めてケガをすることのないよう、間に入って衝撃を和らげる。
その境界がいつしか溶け、体を重ねるようになって以来、モリゾウの語尾から「〜すよ」が消えていった。
緩衝材は役目を終えたのだと思っていた。だが、「〜すよ」は演劇人モリゾウの口調なのだった。麻希と出会う前からモリゾウは年齢差や距離感に関係なく、「〜すよ」の人だった。「〜すよ」が抜け落ちた分、モリゾウから演劇が抜けていった。荻窪から横浜に引っ越すことに乗り気だったのも、顔なじみの演劇仲間に鉢合わせしがちな中央線沿線を離れたかったからかもしれない。
そんなモリゾウの「〜すよ」を久しぶりに聞いた。
「勝手に盗まれて、いじられて、俺の知らないところで、俺の意図しない形で、作品が一人歩きする。それはもちろん辛いし、えぐられるんだけど、それ以上に、盗まれて一人歩きしている作品のせいで、元の作品が追いやられ、忘れられていくことなんすよ。埋もれたままだと存在しないのと同じなんすよ」
「だから、戯曲を公開するの?」
「少なくとも、見つけてもらえるところに出しておきたいんすよ」
「自分のもの」から「みんなのもの」へ。それが、モリゾウの考えた「作品を取り戻す」方法なのだろうか。
「鳥に種を運んでもらって、ここではないどこかで芽を出すみたいに?」
麻希がそう言うと、「種か」とモリゾウは言った。
草花には羽根がない。だから、遠くへ行くには他の誰かに手伝ってもらわなくてはならない。大きなものにかき消されてしまう小さな声には、味方が必要だ。
『雪だるまの涙』の番組サイトにあったプロデューサーのコメントには、『たとえこの雪が溶けてしまうとしても』のチラシの言葉がそのまま使われていた。
《生きるとは、出会った人の中に記憶を残すこと。それができなくなった人生に意味はあるのだろうか》
残したい。残りたい。誰かの記憶に。
人もそう。作品もそう。
せっかく生まれてきたのだから。
「結局は、遺伝子を残したいのかな」
「遺伝子?」
「俺は、自分の遺伝子は残せないからさ」
演劇人モリゾウが夫、武田唯人の顔になった。
次回6月28日に佐藤千佳子(65)を公開予定です。
編集部note:https://note.com/saita_media
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